タイムを読む会/THE TIME MAGAZINE READIING CLUB

コラボタイムを読む会
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TIMEを読む会 2024年3月例会日程 3月7日（第一木） 3月21日（第三木) 時間：午前10時～12時「タイムを読む会」例会は対面で開催しています。連絡先：千里文化センター事務所コラボ「タイムを読む会」定例会：第一、第三木曜日 (変更になる時があります) 月会費：500円（テキスト代を含む）定員18人現在豊中在住、在勤、通学の会員を募集しています。サークル・イメージ図　千里文化センター「コラボ」　千里図書館月一回（第四木）のズーム短編読書会です。 4月読書会は4日26日（日）10時からに変更になっています。				Scientific American Newsweek nature THE NEWYORKER VANITY FAIR THE WALL STREET JOURNAL	ご覧になりたいところをクリックして下さい TIME The Atlantic National Geographic The Washington Post The Economist Aljazeera The Japan Times	2024年4月の記事です！ Inside the White House Program to Share America’s Secrets How Christopher Nolan Found Intimacy on a Ground Scale 2024年3月の記事です！ Hamas Isn’t the First to Use Anticolonialism to Mask Authoritarianism Are GMOs Safe? Breaking Down the Science of Science-ified Foods 毎日新聞2024.3.22(イスラエル・パレスチナ) 2024年4月4日の訳文です。 Inside the White House Program to Share America’s Secrets 4月4日 ≪米国の機密共有を考えたホワイトハウスの内情≫・・・① 9月27日午後、ホワイトハウスのバルカン担当者は、米国情報局から不穏な電話を受けた。1999年の血生臭い分離独立戦争のあと、NATO軍が不安定な平和を維持している長いコソボとの国境沿いにセルビア軍が集結しているとの内容だった。3日前、20数名の武装したセルビア人が攻撃をかけ、一人のコソボ警察官を殺害していた。そのときセルビア側は重火器と戦車を配備しようとしていた。「我々は、セルビアが軍事侵攻を始めるのではないかと非常に憂慮しました」と国家安全保障会議（NSC）のメンバーが言った。問題はそれにどう対処するかだった。南東ヨーロッパの片隅で数か月にわたって高まりつつある緊張にメディアは大して注目していなかった。コソボに地上軍を派遣している英国やイタリアなどヨーロッパ諸国の外交的努力によってはその状況を鎮静化できていなかった。米国は議会の混乱に掛かり切りだった。ヨーロッパのほとんどの国々にとって、優先課題はウクライナへの継続支援をとりつけることだった。圧力をもってセルビアを思いとどまらせる努力の一環として、米国家安全補償問題大統領補佐官ジェイク・サリバンは、セルビア軍増強のニュースを公表するために機密解除してほしいという彼の欧州チームの要望を承認した。 NSC情報担当上層部は、諜報活動を支える情報源とその手法を隠すためにセルビア軍増強の極秘情報の詳細に手を加えた。次に、コード化したメールを通じて、その要望を北バージニアの国家情報長官室（ODNI）に送信した。機密解除承認のための精査に2日間大騒動をした後の9月29日、NSC広報調整官ジョン・カービーはホワイトハウス担当報道陣に予定外のズーム会見を開いた。カービーは9月29日のコソボ警察官襲撃に関する新たな情報を伝え、最近セルビア軍が新鋭の砲兵隊、戦車、機械化歩兵部隊を配備しているニュースを発表した。報道が過熱化すると、ヨーロッパ諸国は米国に加わってセルビアへの新たな外交圧力を加えるようになり、英国はコソボに軍隊を増派することを発表した。数日内にセルビア軍は撤退した。セルビア軍の動勢の機密情報解除とその発表は、ウクライナ戦争への米国の対応から生み出された、情報を利用したホワイトハウスの新種のやり方の一例だ。 2021年秋から、ロシアが侵攻の準備をしているのを諜報部員が確実視するようになり、サリバンは国家情報長官アブリル・ヘインズやCIA長官ウィリアム・バーンズと、ロシア動勢に関する詳細な機密情報を緩和するために協議した。「我々はこの厄介な情報に取り組んでいました」とNSC情報・防衛政策調整官マヘル・ビターは言う。「そして我々はロシアが計画していることの一歩先を行く必要がありました」 2年以上が経過してそれが戦略的目的に適うようになった頃、ホワイトハウスは大がかりな機密情報共有プログラムを策定するようになった。ほぼ一週間に一回、ホワイトハウス官僚は彼らが公開したい情報をチェックした上でサリバンから承認をとるのだと、十数人のホワイトハウスや国家安全担当の現役および元官僚たちはタイム誌に話す。NSC情報部はODNIに要望を送り、ODNIはその要望を精査し、最初に機密対象にした担当者たちとその情報をどんな言葉で解除するかについて協議する。「解除対象となる情報にゴーサインを出すかどうかの最終決定は、諜報部門の専門家に委ねます」とサリバンは言う。このプログラムを考えたのは効果があるからだと担当者たちは言う。戦略的機密情報解除によって、ロシア大統領ウラジミール・プーチンの「でっち上げ」を否定し「プーチンを劣勢に立たせ、彼を不安で居心地の悪い立場に置くのです」と昨年夏のスピーチでバーンズは言った。この取り組みはロシア以外にも及ぶ。台湾海峡で軍事力をちらつかせる中国の脅しを抑え込み、紅海を運航する船舶を攻撃するフーシー派に武器を支援するイランに圧力をかけ、イスラエル攻撃に関するハマスの「間違った主張」に対抗するために、これまでにも機密情報を緩和してきた、と米国は言う。「今回は大きく状況を変えるものです」とカービーは言う。「この方針を逆戻りさせないことを望みます」米国は機密情報を収集し始めて以降、選別的にこれまでも情報の解除やリークを行ってきたのだが、バイデン政権の機密共有プログラムは幾つかの面で新しいものだ、と現役および元高官は言う。以前は1ヶ月に1件か2件の機密解除要請をIDNIは受け取っていたのに対して、今では時として1日にそれ以上の要請を受け取る。他の部局もこの機密解除プログラムに参入してきたが、情報の多くはホワイトハウスからのものだ。単発的な情報というよりも、商業衛星画像や戦場ブロガー、報道記事のオープンソースなどと多くの機密情報を組み合わせて、毎朝彼らが受け取っている処理済みの機密情報と合致した情報をパッケージにしてNSC職員が配信する。「何年も個別的にやってきたのですが」と下CIA報道官ビル・ハーローは言う。「今回はそれがもっと戦略的で統一的になったのです」誰もがこれを良しとしている訳ではない。懐疑的な人たちは、冷戦期には米国政府が情報の都合のいい部分だけを取り出して利用し、国内外の人々を欺いてきたし、2003年にはイラク侵攻を正当化した事実を指摘する。米国で諜報活動の世界に身を置く人たちは機密情報に防衛的で、このプログラムをウクライナ戦争だけに限定してほしいと考えている。民主・共和両党の中には、ホワイトハウスが管理する政治的宣伝活動が個人的・政治的に利用される危険性があるのではないかと懸念する人たちもいる。「我々は今このような機密解除という武器を手にしたのですが、もしそれが悪漢の手にわたったら、非常に危険です」と元CIA職員は言う。しかし諜報活動の世界は変化していて、米国はその変化に順応しようと必死だ。ロシアは2016年以降ソーシャルメディアを使って宣伝工作を非常に積極的に行っているのだが、昨年ワシントンポスト紙が報じた米国機密関係の文書によれば、XやTikTokなどのプラットフォームでbot army（訳注：インターネットを通して遠隔操作で悪意のあるプログラムに感染させるネット集団）が検知されるのはたった1％だとロシアは確信している。中国は最先端AIをその宣伝工作に利用している、とランド研究所は最近の報告で言っている。敵側が民主主義に影響を与えそれを損なおうとする前に、米国が世界と機密共有することは反撃の最良の方法だ、と機密解除賛成派は言う。「偽情報が来ると予測できれば、その機先を制することが可能だと学んだのです」とカービーは言う。「奴らの一歩先を行こうとしているのです」同時に機密情報の拡散は、米国の機密情報がかつてほど価値を持たなくなり、保護するのがより難しくなることを意味する。国家安全保障局やアーカイブや報道によると、米国インテリジェンス・コミュニティは毎日29ペタバイト、つまり5,000億ページ相当の価値がある情報を収集し、1年に1,000万の文書を分類し、年間ざっと50,000の機密文書を生み出している。大量機密文書漏洩で訴追されたエドワード・スノーデンや第一等空軍州兵ジャック・テイシェイラの両者は、大量の情報を扱うIT部門の職員だった。ジョー・バイデンやドナルド・トランプは機密文書の杜撰な扱いで特別査問委員会の調査に直面している。米国は何十億もの機密情報を安全に保管しようと努力しているが、機密システム網の上層部から下級層まで綻びがでている。ペンタゴン文書裁判の中でポッター・スチワート判事が言っているように、「あらゆるものが機密にされると、あらゆるものがもはや機密でなくなり、そのシステムは皮肉屋や不注意な人たちによって無視され、これらの情報は自己防衛や自己宣伝のために利用される」その結果、民衆の懐疑主義と損なわれた安全性が毒をもって混じり合う。インテリジェンス・コミュニティが国民のプライバシーや市民的自由を尊重していると信じる米国市民の割合は、2020年の52%から2022年には44％にまで下がった、とテキサス大学の調査結果に出ている。FBIによる職権乱用が明るみに出たあと、フェンタニルからテロや中国スパイの摘発に至るまで、あらゆる事に対処するために不可欠だと政府が言う、反対の声もある「情報監視法第702条」を延長しようと国会は審議している。機密解除プログラムの中に、偽情報、過剰な機密扱い、国民の不信感の3点に対する回答の最初の一歩が詰まっている、とホワイトハウスは考えている。「私の見方では、これはかなり評価できる一歩です」とサリバンはタイム誌に言う。「明らかにこのやり方は、我々が学ぶにつれて徐々に進化していく必要があるでしょう」バイデン政権が機密共有プログラムをいかに発展させ、それをどのように安全に使っていくかの研究は、米国政府にとってまだまだ先の長い道のりだといえる。米国の機密共有プログラムを実践する最初の標的はウラジミール・プーチンだった。2021年10月半ば、国家安全上級担当官たちは、大統領やサリバンを始めとしたホワイトハウスの官僚に、ロシアがウクライナ侵攻の準備をしているとの概要を報告した。サリバンの最初の反応は驚きだった。次の反応は侵攻を抑え込むためにどうするかを考えようというものだった。プーチンと対峙させるために、バイデンは熟練の外交官であり元ロシア大使のビル・バーンズを派遣しようと決めた。「奇襲で驚かせようという考えは間違っていると気付かせるために、我々はウクライナ侵略の計画をすでに知っているとロシアに示したかったのです」と当時のNSCロシア・中央アジア担当上級部長エリック・グリーンは言う。「しかし同時に、バーンズが言うところの情報源とその入手方法を潰してしまわないことを確実にしたかったのです」その結果が、サリバンや米国官僚が受け取ってきたブリーフィングの「格下げ」つまり部分的機密解除だった、とグリーンは振り返る。（4月4日は①’まで進みました）（3月21日） Hamas Isn’t the First to Use Anticolonialism to Mask Authoritarianism 《独裁を押し隠すために反植民地主義を利用したのはハマスが最初ではない》・・・② 第二次世界大戦後はダグラス・マッカーサー陸軍元帥が率いる連合軍の占領下で、日本は大いなる再建に着手した。国家体制の転換には、戦争犯罪を裁く軍事裁判、武装解除、再軍備禁止などの懲罰が含まれていた。しかし支配体制の転換は同時に、農地改革や新憲法制定を通して日本経済を安定化した。1952年に平和条約と国連加盟の調印で占領は終結した。経済の繁栄に注力しながら日本の新しい指導部は改革を進め、それによって日本は奇跡的な経済発展を遂げ、世界の大国に成長した。反植民地主義や人種的平等の意識を巧みに利用する点において、ハマスは不気味なほど日本の戦時体制と似ている。ハマスはまた、自らを抑圧と植民地主義に抗して戦う解放者として描き出す。ハマスの2017年修正憲章で、自らの闘いを「人種差別的、攻撃的、拡張主義的政策であるシオニストの政策に反対するもの」と主張する。「アラブ諸国とイスラム共同体に対して覇権主義的行為を加えようという画策」に抗して戦う、とハマスは主張し、世界中のあらゆる形態の植民地主義、占領、差別、抑圧、侵害などを非難する。しかし日本統治形態のように、このような巧言は、イスラム教徒は誰よりも優れているという考えに基づいた拡張主義的意図を覆い隠す。ハマス憲章はシャリア法とイスラムの主権を強調し、断固反対しようとする人たちに警告を発する。ハマス指導部への最近のインタビューは、このような原則を世界中に波及させようとしていることを再確認するものだった。さらには、ナチス・ドイツとファシスト・イタリアと共に隊列を組む日本の戦時体制と似ているのは、ハマスはイラン、シリア、イエメンのフーシ派、そしてロシアなどの圧制を敷く独裁主義体制の枢軸に加わっている。ハマスと同様に、このような政府の多くは、少数者を差別し、政治的反対派を弾圧し、自国の民衆に残酷な圧制を敷き、とりわけ女性やLGBTQの人たちを厳格に扱っている。ガザでは名誉の殺人を擁護し、殺人の実行者の罪を軽減し、不義を犯した妻を殺害した夫は軽犯罪に処せられる。日本の戦時体制と酷似して、ハマスはまた民衆に対して鉄面皮な姿勢を示し、市民を人間の盾にする戦術をとり、人口過密地帯を攻撃したり、学校や病院などの保護すべき施設を攻撃し、ジュネーブ条約に違反している、と非難されてきた。計略的な「win-win（双方が得をする）シナリオ」として、ハマスは市民を人間の盾にしようとしている、とNATOの2019年報告は言う。このような戦術が実施されれば、イスラエル防衛軍（IDF）が軍事攻撃を行うことによって市民の犠牲が増え、戦争犯罪だとハマスがイスラエルを告発できる。逆に、もしIDFが市民の犠牲を最小限にしようとすれば、ハマスは戦いを継続しながらその戦闘力を強固にできる。最近、ハマス指導者の一人ムッサ・アブ・マルズークは、ハマスはガザ住民の苦しみを気にかけないと強調した。ハマスは10月7日のイスラエルに対する大攻撃の前に、市民を護るための防空壕を造らなかったし、トンネルを使わなかったことを彼は認めた。そうする代わりに、市民を護る責任は国連とイスラエルにある、とアブ・マルズークは主張した。エコノミストのインタビューで、イスラエルを追放するために殺されたパレスチナ民衆の数をどう思うかと質問されて、「名誉は人命よりも価値がある」とマルズークは答えている。「祖国はずっと大事だ、命よりも」自国民衆に対するこのような残虐な扱いは、その同胞組織も同じなのだが、人種的不正義と戦う抵抗運動である、というハマスの主張と完全に矛盾する。第二次大戦の戦前、戦中、戦後の日本に見られる如く、ハマスのガザ支配の継続が本質的に危険であることを示している。国民の幸福よりも覇権主義的野望を優先する政治体制が統治にふさわしくないことを、日本の戦時支配体制がいみじくも証明している。ガザは重要な結節点に立っている。ガザは殉教精神よりも繁栄を優先する新しい指導体制を必要としている。しかし同時に、日本の経験は希望を与えてもいる。もしイスラエルが厳罰を与えたいという衝動を我慢して、入念な再建に手を差し伸べるならば、ガザの新指導体制は繁栄をもたらし、宿敵から栄えあある我が同盟へと姿を変えることができるだろう。（第二記事） Are GMOs Safe? Breaking Down the Science of Science-ified Foods ≪GMOは安全なのか。科学的処理を施された食糧を考える≫ トマトが米国で販売される遺伝子操作された初の生産物になってから30年が経過するが、未だに多くの人たちは科学的に処理された食物に懐疑的だ。2020年のピューリサーチでは、米国市民のたった27％が遺伝子操作された食物を食べても安全だと感じている、38％が安全ではないと感じている、33％がわからない、と答えている。これは米国だけの現象ではない。たとえばフィリピンでは、昨年初めて大量に収穫された遺伝子操作米ゴールデンライスの生産に活動家たちが抗議している。普通の米と違って、ゴールデンライスはビタミンA不足を補い、視力低下を予防するためにベータカロチンを含むように遺伝子組み換えされている。しかしゴールデンライスは適格なテストを経ていないし、もっと安全で健康的にビタミンAを摂取する方法がある、と反対者は主張する。「ゴールデンライスは蔓延する飢えと貧困に対する解決策ではないのです」とゴールデンライスに反対するMASIPAG代表はタイム誌に声明を出した。MASIPAGはフィリピンを中心に活動する農民主導のグループだ。ゴールデンライスは遺伝子操作された有機物（GMO）に反感を抱いてきた長い歴史のごく最近の一例に過ぎない。長年にわたって反対者たちは遺伝子操作された穀物が育つ農園を破壊したり、GMOの生産会社を批判するデモを行ってきた。大衆の懸念の多くは、遺伝子組み換えが新たな害毒を従来の食物にもたらすのではないかという恐怖から生じている。アレルギーを増やし、遺伝子組み換えされた野菜や動物を食べた人間の体内で、疾病を引き起こす遺伝子突然変異をもたらすのではないかという恐怖だ。1990年代から暴露されてきた動物研究によって、遺伝子操作された食物を食べれば内臓障害が生じると信じる人が出てきた。 GMOを規制し、食糧の安全基準に合致させようと協働してきた米国食品医薬品局、米国農業省、米国環境保護庁がGMOは安全だと言っているにもかかわらず、多くの人たちは未だに科学的に強化された食糧は不気味だと思っている。「テクノロジー恐怖症は極めて一般的な問題です」とアーカンソー大学の農業経済学者トレイ・マロンは言う。「あの時は良かった」というように過去を美化する考え方です。これは遺伝子組み換えやGMO食物に対する抵抗感を抱いてしまう精神構造へとつながります」「多くの人が理解していないことは、長い間、人間は食料をいじくってきたのだということです」とマロンが言う。何千年前でさえ、収穫した穀物の中から最良の種を選り出して、次の収穫をより多くしようとしていたし、時には来たる何年後のためにより理想の穀物を作り出すために他の植物と掛け合わせたりしていた。このような優勢種の選択がなかったら現在のトウモロコシは存在しなかっただろうし、今我々が目にするバナナ、リンゴ、ブロッコリーなどはなかっただろう。現在スーパーで買えるプルオットやブロッコリーのような多種多様な生産物の多くも、新種を生み出すために異種交配した結果なのだ。遺伝子操作は、特定の性質を変化させたり生み出したりすることに関係していると言えるが、むしろそのために、植物や動物のDNAに対して標的にした微調整を施すことに関係するより発展した科学的処理過程だと言える。この方法は、食物の香り、栄養素、外見を改良したり、穀物を枯らしてしまう害虫から守ったりするし、デルモンテのピンク・パイナップルや茶化しないアークティック・リンゴのような食物を生み出してきた。しかしこのように派手な生産物は注目されてきた一方で、実は米国で販売されているGMOのほんの一部でしかない。科学・工学・医療全国学術会議の遺伝子組み換え穀物に関する2016年報告の議長を務めるノースカロライナ州立大学農学部教授フレッド・グールドは、GMOに関する教育セッションを指導することが多い。彼が好むのは、スーパーマーケットの棚の写真を見せて、この中でどれほど多くの野菜が遺伝子操作されたものかを尋ねることだ。多くの人は90％はあるだろうと答えるが、実はゼロが正解だ。スーパーに並ぶ果物や野菜で遺伝子操作されたものは、スコッシュやパパイヤ、そして上記のパイナップルやリンゴなどほんの一握りだ。そして過去数十年の間に、FDAは遺伝子操作されたサケ（普通の魚よりも成長が速い）や特定のアレルギー源をもたないブタ肉をすでに認可している。しかし米国では、GMO食物は、料理用油、大豆製品、甘味料、スナック菓子などの中にずっと多く見られるようだ。米国で作付けされる大豆、トウモロコシ、シュガービーツ、キャノーラのほとんどすべてが遺伝子操作されているし、主として害虫対策や殺虫剤に使われている。だとするとこれらの穀物は、ほとんどの米国市民が毎日食べているパッケージ食品の多くに使用されている。これらの食品を何十年間も食べてきた平均的米国市民は、ある意味で「天然の実験材料」になっている、とグードルは言う。あまり食糧を海外から輸入しない米国やカナダの市民は、何十年もGMOを食べてきたのだ。もしもGMO食品が深刻な健康問題に影響しているなら、欧州と比較して北米の健康障害が関係していることを科学者は証明しようとするだろう。しかし「データを見てもどんな兆候も現われていません」とグールドは言う。実際に米国やカナダを欧州と比較しても、ガン、肥満、肝疾患、胃腸障害、自閉症、あるいは食物アレルギーが増加したというGMO関連の証拠を見ていない。動物研究においても、GMO摂取で遺伝子突然変異や内臓障害、あるいは出産障害を引き起こしたという事例も表れていない。「影響がないと言い切ることには非常に慎重です。どんな影響もまだ発見していません」とグールドは言う。時と共に常に新しい危険は生じてくる可能性はある、と彼は言うが、これまでの科学が証明しているところに基づけば、起こりそうもない、と彼は感じている。入手可能な研究によれば　、遺伝子操作された食物を恐れる明確な理由はなく、歓迎すべき理由は多くある、という意見にマローンは同意する。遺伝子組み換えによって食物が単に栄養価が高くなるだけではなく、生産過程の合理化によって持続可能性を改善することができる、と彼は言う。遺伝子操作された穀物は生産高を向上させ、農家はより狭い土地でより大きな収穫を得ることができるだろうし、同時に化学的な殺虫剤の使用を減らすことができるだろう。とりあえず理論的には、生育が速い遺伝子操作されたサケは従来の魚より少ない餌を必要とする。マロンの考えるように、このような改良は人々がGMOを歓迎する最強の理由であり、現状のままでは地球やそこに住む人類を救えないだろうことが明白になっているなら、とりわけそうだと言える。「我々は気候変動に立ち向かっていかなければならないと、地球全体の生産体系が気づきつつあります。我々は適応していかねばならないのです」とマローンは言う。「農業はその解決の1つになり得ます」（最後まで訳しています）（3月7日） Hamas Isn’t the First to Use Anticolonialism to Mask Authoritarianism 《独裁を押し隠すために反植民地主義を利用したのはハマスが最初ではない》・・・① ターナー・ホフマンはUCLAイスラエル研究Y&SナザリアンセンターとUCLA社会学部のイスラエル研究所フェロー。以前には京都大学人権調査研究所の日本政府国費留学生だった。歴史家諸氏によって書かれ、編纂されたMade By Historyの記事を読めば、読者をさらに詳細な叙述に誘うでしょう。タイム誌によるMade By Historyについてさらに読んでください。ここに掲載された意見についてはタイム誌編集局の見解を必ずしも反映していません。 *********************************** イスラエル対ハマス戦争は４か月目に入り、米国やヨーロッパの多くの左派はイスラエルによる軍事攻撃を痛烈に非難している。場合によっては、そんな立場はハマスが自身の暴力的攻撃を、「人種差別的、反人道的、そして植民地主義的シオニストの計画」とハマスが呼ぶところのものに抵抗する反植民地解放闘争として位置づける暴力的攻撃を是認するに等しい。このような主張を受け入れるならば、パレスチナの大儀の擁護者やイスラエルに反対を唱える者たちの眼を曇らせることになる。おそらくそのようなことがなければ、これらの人々は、ハマスの暴力的戦術やガザ民衆に対する暴君的支配を忌み嫌うことになったであろう。このような激動は、日本の独裁体制が第二次世界大戦の間に壊滅的な結果を生じさせた戦術と似ている―絶対主義的支配体制が解放闘争と偽った衣の下にその行為を覆い隠すことで与えるかもしれない危害を曝け出す歴史と同一のものだ。しかしこの歴史は同時に希望を与える理由にもなる。つまり日本戦後体制の復活と成功が、苦難を乗り越えて繁栄に尽くす人々に力を与える指導体制の変化を伴って出現しうるという可能性を強調する。 20世紀前半、日本は自身を帝国主義国家として思い描いた。第一次大戦には連合軍に加わり、西側権力者と協力することを通してアジア地域の影響力を追い求めた。しかし、1920年代から30年代になると、米国内の人種差別思想が日本の領土拡大の野望との間に緊張関係を生み出した。1919年、連合国はベルサイユ条約に人種的平等を求める日本の嘆願を拒絶し、1924年に米国議会は日本人の米国への移民を禁じる移民条項を通過させた。このような行為によって、日本は差別され排斥されたという感情を強めた。翻ってこのような感情はアジア中に共感を呼び起こし、西側の植民地主義に対する怒りが大きくなっていった。 1933年、日本は国際連盟を脱退し、外交政策の重要な転換を成した。連合国が日本のゲッペルズと呼ぶ大川周明を初めとする人たちが唱導し、自らを汎アジア的団結の騎手と押し出すことによる新しい戦術を日本は採用した。しかしこのような自己定義は邪悪な動機を押し隠した。「アジア人のためのアジア」の旗幟の下に日本が抱く人種的優性思想を覆い隠して、西欧列強の植民地主義からアジア大陸を解放し、日本の影響と支配を西欧諸国の支配に置き換えたいと望んだ。「東アジアに新秩序を」を掲げて、日本はこの拡張主義的目的を追求した。1937年、日本は中国を侵略し、1940年にはインドシナのフランス基地を掌握した。これらの動きによって米国との関係は悪化し、ナチス・ドイツとファシスト・イタリアとの三国同盟を結成するに至った。 1940年に米国は日本に石油禁輸措置を科し、緊張が更に高まる中で日本が真珠湾攻撃を敢行した。当初は米国との戦争に反対していた大川だが、東アジアにおける1世紀に及ぶアングロ・アメリカン支配に対する返礼だとして奇襲攻撃を正当化した。この主張は、日本の同盟国ナチス・ドイツをその反西欧レトリックから御都合主義的に排除した。米国の参戦が日本のプロパガンダに火を注ぐことによって、第二次大戦が東西の文化戦争と「人種戦争」という様相を帯びるようになった。米国のリンチなど人種的抑圧を利用し強調することによって、日本は、後にはナチスも、米国を人権と人種的平等のチャンピオンとして描き出そうとするフランクリン・ルーズベルト大統領の労を妨害した。真珠湾攻撃から1週間後に、日本放送局は米国市民を意識して呼びかけた。「人権宣言にもかかわらず、必ずしも米国市民の全てには自由や正義が存在しないことをルーズベルト大統領は知っています。黒人や黄色人種は『必要とされていません』。彼らは主人に奉公する下層階級にすぎないのです」人種的に対立する敵方に光を当てることによって米国内に反戦機運を作り出し、アジア、アフリカ、インド、ラテンアメリカ全域の民衆の間に共感が生まれるだろうと日本は望んだ。これらの民衆を連合国から背を向けさせることに日本が成功すると、ルーズベルトを始めとする政府官僚に深刻な懸念を引き起こし、連合国が描き出すものと現実とのギャップを埋めるために戦後ビジョンを提案せざるを得なくなった。1943年に歴史家ソール・パドバ―が書いているように、「日本のプロパガンダには見過ごすことができない真実があるという事実によって、とりわけアングロサクソンに生まれてこなかった何億もの人たちにとっては日本が魅力的に映り、米国にとってその亀裂はより深刻なものになった」米国においては、日本のプロパガンダが反戦感情を拡大させるまでには及ばなかった。とはいっても、1942年米国戦時情報局の報告で、ニューヨーク市の黒人層の半数は、日本の統治体制に支配される方がまだましだと思っていることが明らかになった。現代史の最も残酷で人種差別に満ちた２つの支配体制によって画策された日本のプロパガンダの効果は、いかにメッセージの発信が強い感情を引き起こし、それが自らが支持する大儀が持つより広範な意味を個々人が考えないようにしてしまうかという方法を照らし出す。ジョージ・オーウェルが1942年の日記の冒頭に書いているように、「ドイツのプロパガンダは・・・まったく不誠実にも・・・すべての人にすべてのものを提供するという・・・たとえそれらの約束が、自由と帝国、解放と分断というように相対立するものを提供するという約束であったとしてもだ」だがプロパガンダが功を奏したとしても、より優位な連合軍の力から日本を救うことはできなかった。1945年夏までには日本の都市は廃墟と化し、海上封鎖によって必需品の輸入ができなくなり、日本の軍事力はほとんど機能しなくなった。それでも日本の軍部は国民のことはまったく意に介せず、反対派を弾圧し、戦争継続を主張した。市民は手投げ弾を備蓄し、自爆攻撃などの極端な手段に訴え、日本の戦意を誇示した。降伏を受け入れないことが米国の原子爆弾投下を決定する主たる理由になり、結果として恐ろしく壊滅的な打撃と死者を出すことになった。（3月7日は⑨まで進みました）（2月15日） Can America lead? 《米国は世界のリーダーたりえるか》・・・② バイデン大統領とブリンケンには「最悪から比較的ましな内容」まで、幅を持たせた選択肢があった、と共和党と民主党の中東アドバイザーを長期間務めるエロン・デビッド・ミラーは言う。バイデンはイスラエルと個人的な関係がある一方で、繰り返しオバマ政権を蝕んだネタニヤフとは仲が悪い。そしてバイデンとイスラエル首相ネタニヤフとの確執は「決して改善されることはない」ことをバイデンはわかっている、とミラーは言う。「それは大きな政治的損失であり、常識的に言っても非生産的です」時が経つにつれてブリンケンの公式メッセージは変化し始めた。彼はパレスチナの犠牲者たちに思いを寄せた悲しみを表明し、市民を保護するためとイスラエルが口にする意図と、現地で起きていることのギャップに言及した。「建物の瓦礫から引き出される少年や少女を見るとき、この子たちの顔に私自身の子どもたちを重ねてしまいます」同日ブリンケンはアンマンのセントレジスホテルの白い回転いすに座って、アラブ首脳たちから多くの話を聞いた、と政府上級官僚は言う。米国は「30年かけて培ってきた努力を台無しにしている」し、イスラエルは国際法など気にする必要がないという印象を与えている、と彼らは警告した。中東地域で米国に最も近い同盟国であるヨルダンの外務大臣アイマン・サファディは、イスラエルは戦争犯罪を犯している、とブリンケンに言った。「もしあなたがイスラエルを助けたいなら、どうぞお好きに」とサファディは言った。「しかしこの狂気じみた戦争に反対を唱えないことは、イスラエルのためにならないのです」紛争は米国の、そしてブリンケンの影響力を試練にかけているような様相を呈してきた。米国の外交政策の顔として、イスラエルはやりすぎだと批判者が考える行動への責めを、国務長官が一身に引き受けるようになった。ヨルダン川西岸地区の都市ラマッラーへの訪問に際して、デモ隊が赤でバツ印をつけたブリンケンの顔写真に火をつけた。彼のアンカラ到着に備えて高速道路に掲げられた横断幕には「赤ん坊殺しブリンケン」と書かれていた。舞台裏で働くのが常だった人にとっては、このような批判は骨身に堪える。「ほんとうにきついし、残酷なことです。肉体的打撃、精神的圧迫、大衆の冷ややかな眼差し」とジョンホプキンズ高等国際大学大学院長で、何十年もブリンケンと一緒に働いていたジェイムズ・スタインバーグは言う。「彼の外交努力がイスラエルの行動を変えていると人々が考えないとしたら、意思疎通の失敗だという批判の矢面に立つのです」ほとんど毎晩、ブリンケンは2人の幼い子供たちが眠った後に帰宅する。だから朝には子供と一緒に朝食をとることを優先している。12月8日、戸外から反対派の声が家族に聞こえてきた。「ブリンケン、ブリンケン、朝だ、起きろ」と彼らは繰り返し叫んだ。「お前は大量虐殺をやっている」ブリンケン国務長官は外交官の家系に生まれた。彼の父ドナルド・ブリンケンはハンガリー大使を務め、継父サミュエル・ピサールはポーランド生まれの外交官で、10代の頃にナチ収容所で4年を過ごしたあと助かった弁護士だ。バイエルンの「死の行進」から逃れたピサールは米兵に救出されたのだが、この出来事がブリンケンの世界観を形成した。ニューヨーク生まれのブリンケンは成長期のほとんどをパリで過ごし、米国を外から観ることを学んだと言う。米国に戻った彼はハーバード大学に入学し、ジャーナリズムや映画製作そして法律を勉強し、ビル・クリントン時代のホワイトハウスで仕事を得てスピーチライターを務め、国家安全保障会議で働いた。1995年に、当時ファーストレディーだったヒラリー・クリントンの下で働き、現在はバイデンの内閣書記官を務めている彼の妻エバン・ライアンに出逢った。ブリンケンは2002年にバイデン政権の下で上院外交委員会の民主党代表として働いた。オバマ政権では、国務副長官など様々な要職を務めた。過去20年の重要な外交活動場面でのバイデンの写真には、必ずと言っていいほどブリンケンの姿がある。コソボではパイロットの眼鏡をかけ、バグダッド空港ではヘリコプターに体を押し込み、オサマ・ビン・ラディン殺害遂行の間に撮られた有名な危機管理室の写真の背後には、忙しく働くブリンケンの覗き込む姿が写っている。「トニーは仕事を最優先します。そして最も大事にすることを」とケリーは言う。「それは大統領からの信頼です」ブリンケンが国務長官になったのは4年間で伝統的な外交スタイルをメチャクチャにしたトランプ大統領の後であり、国務省は士気の低下、厳しい予算削減、そして高い離職率に苦しんでいる時期だった。国家に「威厳」を取り戻すと宣言し、メールには「その調子でやれ」と書き込むような彼の前任者マイク・ポンペオと比べれば、ブリンケンとの違いは極めて鮮明だった。「トニーは威張ったりしません」と元イエメン駐在米国大使で、外交部門30年のベテランであるバーバラ・ボディーンは言う。「彼は自尊心をぶら下げて指導したりしません」ブリンケンはいろんな面で違っていた。コーリン・パウエルのような軍人的厳粛さはなく、ヒラリー・クリントンやケリーのような政治的著名人でもない。3人の元同僚が描くブリンケン独特のやり方は、元国務長官ジョージ・シュルツがよく口にした外交とガーデニングを措定したアナロジーを想起させると言う。「雑草が繁殖してウンザリしたくないなら、常に手をかけて早い時期に摘み取ることだ」とシュルツは好んで言っていた。しかしシュルツの現役時代は冷戦期だった。今の世界は違った困難が現出し、そんな状況では、各国を米国政府の方針に従わせるよりも、国際的結束を育てるという地味な仕事がより重要であり、より大きな課題になっている。「これは大統領から初日に言い渡されたことです」とブリンケンは言う。「これは何年もの間、ある意味で我が国の秘伝の手法になってきました。我々が他国に負けない長所と言ってもいいような何か、我々が持つ友好国や同盟国とのネットワークであり、率直に言って、他の国にはない、特にライバル国にはまったくないものです」ブリンケンは、国家安全アドバイザーのジェイク・サリバンやCIA長官ビル・バーンズのような長期にわたって一緒に働くバイデン組の重鎮に数えらている。今もハマスに捉えられている米国籍捕虜の解放交渉を担ったのはベテラン外交官バーンズだ。サリバンは中東へ4回訪問しているし、ウクライナとの重要なパイプ役を担った。一方で、ブリンケンの下で働く次期国務副長官に指名されているカート・キャンベルは、対中国政策を練っている。このように重複する権限は、混乱を引き起こす場合もある。しかしバイデン組に対する主要な批判は、頼りになるスタッフで周囲を固めるという大統領の決定が集団思考を生み出すことだ。2021年には、国務省がアフガニスタン政府の急激な瓦解を予測できず、米軍や同盟軍のアフガニスタンからの安全な撤退を遅らせたこと、またそのことが致命的な暴力や、12万人以上もの民衆が飛行機に乗り込もうとして殺到する混乱を生み出したことなどへの厳しい批判に曝されることになった。ブリンケンが作成した報告には正確な意思疎通や意思決定が欠け、「最悪の事態に備えた上層部の討議が不十分」だったことが撤退の失敗の原因だとされた。しかし同時にバイデン陣営の概括的世界観や冷静な対応は長所にもなってきた。2021年11月のグラスゴー気候サミットで、ブリンケンはウクライナ大統領ウラジミール・ゼレンスキーを脇に呼んで、ロシア侵攻の可能性を指摘する米国の情報を伝えた。ウクライナや他のヨーロッパ同盟国はその警告に耳をかさなかったが、米国は大急ぎで戦争に向けての準備を進めた。ロシアが侵略を開始したとき、ブリンケンはウクライナ防衛のために同盟国を結集させることに成功した。彼はウクライナに4回を越える訪問を、ヨーロッパ同盟国には十数回の訪問を行い、NATOに即応態勢をとらせた。キーウ支援のために1,100億ドルを超える資金調達に奔走した。しかしウクライナにおける戦争が始まってから2年になろうとしている今、米国の指導体制は良き模範というよりも、懸念材料になってしまった。一つには、米政権が抱える問題に起因する。かつての共和党は頑強なタカ派だったが、今ではプーチンのロシアの侵略と戦う他国のための予算を削減せよと主張する。「もし何の制裁も加えないでプーチンの好きにさせたりしたら、パンドラン箱を開くことになるだろうことを、人々にわかってもらわなければなりません」とブリンケンは言う。「プーチンはウクライナだけでは満足しないでしょう」同盟諸国が心から恐怖しているのは、トランプが体現する米国の孤立主義への回帰だ。2024年大統領選挙は最近のあらゆる会談や交渉に影を落としている。諸外国の多くが懸念するのは、米国は果たして頼りになるのか、あるいはもし紛争が3大陸に拡大する恐れがある時に世界の指導者の座から下りようとするのではないか、ということだ。我々の最良の友好国や同盟国でさえ、自分たちの垣根を高くしようとしている、とオバマ大統領時代に国務省でブリンケンの同僚だったトム・シャノンは言う。現政権がトランプ主義からの離脱を意味するのか、あるいは一時の空隙なのか、人々は確信できないのだ。大統領選挙まで1年を切った今、有権者の58％がバイデンのガザ戦争への姿勢を支持していないことを、最近のニューヨークタイムズの国民調査は示している。米国のイスラエル支持を非難する国務省内部で送られてくる多くの反対意見を、ブリンケンは何とか捌いてきた。「現地で生起する現実に我々の政策を適応させることを拒否してきました」と、ガザの戦争に対するバイデン政権の取り組みに異議を唱えて、他国軍隊への武器供与を扱う国務省政治軍事局長としての座を辞任したジョン・ポールは言う。「民間人の死者数の増加を助長しているだけでなく、パレスチナの人たちは勿論のこと、イスラエルの人たちの平和と安全に繋がらない政策を支持する行為を、我々は続けているのです」反対派の人たちとも会ってきたし、すべてのメモに目を通しているとタイム誌に話すブリンケンは、もっと大きな問題を認識している。「国内における我々の強靱さは、世界の中の我々の立場に直接影響します」と彼は言う。また、米国は批判者が考えている以上に強靱だと主張する。「我が国が心底誠実だと人々は理解してくれたと思っています」と彼は言う。「そして我が国と共に進んでいきたいと望んでいます」米国に続く10ヶ国の防衛費の合計額を凌駕する米国の軍隊は、他国の追随を許さない。米国経済は今なお世界の羨望の的であり続ける。なおもブリンケンは10月7日以降4度目になる中東訪問の準備をしているが、米国は次々と世界中の試練に直面している。イランの代理勢力は米軍基地や重要な輸送海路である紅海に攻撃を加え始めた。北朝鮮は新大陸弾道弾ミサイルを試射した。中国は南シナ海で米国を枢軸とする軍事同盟との対抗的姿勢をますます強めている。来たる台湾の選挙における親米派有力候補を見据えながら、最近になって中国は、台湾の統治を握るという意志をバイデンに通告した。バイデンが手入れをしようとしている雑草は、深い茂みへと成長している。公平であるかないかは別にして、イスラエルとハマスの戦争の方向を米国が決定づけることができるかどうかが、米国の力を測るリトマス試験になってきた。できるだけ早くこの戦争を終結させることが2024年の最優先課題の一つになるだろう、とブリンケンは言う。しかしイスラエル当局は、戦争は少なくとも数ヶ月は続くと強弁する。米国が望むことと実際に実行できることの間にある乖離によって、米国への信頼を失う人もいる。「私たちが混乱しているように見えるでしょうね」と元トランプ政権国家安全保障局アドバイザーのジョン・ボルトンは言う。「イスラエルにもっと自重するように言うことはできます。もっと急げと言うこともできます。しかし同時に両方やるように言うことはできません」オーソドックスな古いタイプの外交官であるブリンケンは、批判には動じないように見える。「我々はそこに身を置いている時にしか責任を持つことはできないのです」と彼の執務室で椅子のアームを握りながら彼は言う。「たまたまその任務に誰が就いているかは関係なく、強靱で永続的な基礎を施工しようと私たちは努力しています」国務長官の部屋の窓からはリンカーン記念堂が一望でき、その殿堂は連邦共和国が分裂した時代に指導性を発揮した大統領に捧げられている。ブリンケンが話しているとき、その大理石の階段に鮮やな赤いペンキで吹き付けられたメッセージを一人の清掃員が擦り落としていた。それでもメッセージは判読可能だ。「ガザに自由を！」（2月1日） For Antony Blinken, the War in Gaza Is a Test of U.S. Power. Can America lead? 《米国は世界のリーダーたりえるか》・・・① 10月16日午前2時15分、ベンジャミン・ネタニヤフはコピー機の使い方がわからずにいた。地下に6部屋を有したテルアビブのイスラエル掩蔽壕は戦争遂行内閣がハマスとの戦闘を指揮している場所だが、そこで米国務長官アントニー・ブリンケンは9時間に及ぶイスラエル首相との交渉結果のまとめが手渡されるのをじっと待っていた。一睡もせずに控えているブリンケンのアドバイザーですら、密室で向かい合った2人の首脳がどんな合意に達したのかはまったくわからなかった。 24時間足らず前にブリンケンは、中東6ヵ国を駆け足訪問したあと、カイロでワシントンに帰る準備をしていた。この訪問は、10月7日にハマスが残虐な攻撃を行ったあと、支援を表明するために行ったのであり、アラブ連合諸国との会談がそれに続いた。しかしイスラエルがガザへの爆撃を激化させたとき、ブリンケンは引き返そうと決めた。水、食料、医薬、燃料を絶たれて孤立したガザ地区は人道的危機に突き落とされていた。イスラエルに戻ったブリンケンは、中東地域の首脳から聞かされた怒りをネタニヤフに伝え、ガザに支援物資を搬入するようにと説得した。空襲を告げるサイレンに中断されながらの緊張した話し合いでも、ネタニヤフは歩み寄りを見せなかった。イスラエルは水、燃料の一滴たりとも国境を越えさせることは許容しないだろう、と政府高官は言った。闇が迫ったとき、ブリンケンと彼の随行員はネタニヤフの後について、米国の国防省にあたるキリアから地下の指令室に移動した。携帯も使えない小さな部屋で、2台のノートパソコンや移動式プリンターの周辺に寄り集まって、米国チームは隣室で控えるイスラエル政府に対して提案を携えた交渉を行っていた。提案の幾つかは、ネタニヤフが殴り書きした修正を伴って戻ってきた。最終的に、イスラエル首相と米国外交問題担当官のトップが2人きりでテーブルについた。たとえイスラエルがなおもハマス壊滅の任務を遂行するつもりだとしても、物資援助は市民に届けるべきだ、とブリンケンはネタニヤフに告げた。彼は事態を左右する重要な案件を明確にした。それはジョー・バイデンのイスラエル訪問であり、イスラエルのメディアによってリークされてはいたが公式にはまだ発表されていなかった。バイデンの訪問は米国の断固とした支援の態度表明であり大きな機運になる。午前3時に開いた記者会見でブリンケンは、イスラエルの安全に対して「鉄の結束」を約束するためにバイデンが2日のうちに来訪すること、またイスラエル側が食料や医薬品をガザ市民に届けることを許可したことを発表した。5日後に、最初のトラック20台が入っていった。「ついに論理が勝利したのです」と12月末に政府官庁の木張りのオフィスでブリンケンはタイム誌に話した。直近の怒涛のような旅行のせいで彼の声は枯れていた。このような長丁場の交渉は今やブリンケンの日常になった。過去3ヶ月にわたって、国務長官はイスラエル政府に自制を求める政府の先頭に立ってきたのだが、一方では、ガザ当局の発表では22,000人以上のパレスチナ人を殺害した戦争を支持してもいる。ブリンケンが成果を開陳するほどに、壊滅的破壊の規模は彼の成果を小さく見せる。1日あたり100台を超える人道支援トラックのガザへの搬入。4人の米国籍捕虜の解放。4時間の人道的爆撃停止。「現実に必要とされていることから言えば、この数字ではまったく足りません」とブリンケンは言う。「しかしどこからか始めないといけないのです」不幸なことにこれは、2024年の米国の力をまさに思わせるものだ。バイデンはトランプが大統領を務めた期間に生じた混沌のあと、世界で米国が発揮する指導力を回復させると約束した。しかし大統領としての彼の任期は、その指導性の限界によってこれほどに大きく露呈されてきた。アフガニスタンからの悲惨な撤退、ウクライナ戦争の行き詰まり、世紀を決する中国の台頭、中東全域に戦火が拡大しかねないガザの紛争、このような事態はブリンケンの民主党を分断し、バイデン再選の可能性を押しつぶす。それらすべてにかかっている問題は、ますます危険になっていく世界を牽引していく能力が米国にあるかどうかだ。バイデンを除けば、米国内でこの問題を受けて立てるのはブリンケン以外にはない。10月以降4回の中東地域への訪問で、61歳の国務長官は、王宮で、国防本部で、別邸で、航空ラウンジで、防空壕で、会談を行ってきた。アラブ首脳は彼の友交を拒絶し、歴史の講義を垂れ、一晩中待たせた。イスラエルは公然と彼に反対した。ブリンケンに最も近い官僚たちでさえも、米国がとっている姿勢は筋が通らないことを認める。つまり、パレスチナ市民を守るためにもっとすべきことがあるとイスラエルに要求しながら、一方では、イスラエルの支持を繰り返し強調する姿勢だ。しかし、米国の十数人の現役そして元高官や外交官にインタビューしたが、対立する両軸に足を置くという国務長官のやり方は、滅亡的危機の時にあって米国の指導性を確実に示すためだ、とほとんどの人たちが主張した。「彼は時宜に適った人物です」と7月までイスラエル駐在米国大使だったトム・ナイデズは言う。「私はトニーとビビと同じ部屋で一緒に座っていました。トニーはいい人です。でも彼を甘く見てはいけません」幾世代もの間、米国の渉外相手国は米国の力を不快に思いながらも、同時に羨みもしてきた。現在でさえ、国外での米国に対する信頼性は低下し、国内での民主主義に対しては重圧がかかり、同盟諸国からはパンデミック、人工知能、気候変動問題など地球規模の諸問題を指導するように求められている。「今や違う世界になっています。世界は多極化しています」と元国務長官ジョン・ケリーは言う。「つまりより多くを外交に頼る世界なのです。トニーはそれに応えられる完璧な人物です」しかし世界は、彼の任務を試練にかけたがっているらしく、まさに中東がその試練の場なのだ。 10月7日早朝5時、ブリンケンはバージニア郊外の自宅で起こされた。彼の首席補佐官からの電話だった。国境を越えた数千発のロケット砲とハマス戦闘員によるイスラエルへの激しい急襲があったという。30年にわたって政府の仕事をしてきたが、「このような残酷な行為が行われた場面を目にしたことはありません」とブリンケンは言う。 5日後に、ブリンケンは断固支持するメッセージを携えてテルアビブにいた。「我々は常にあなた方と共にいる」とブリンケンはネタニヤフの隣に立って約束した。「今はまさに何が正しいかを明確にすべき時です」彼が出会ったイスラエル人から感じた悲しみと感謝は彼を圧倒した。政府高官たちとの会談で、犠牲者のゾッとするような写真を見せられた。頭を打たれた赤ん坊や黒焦げになった赤ん坊の写真。 2日の旅程が7日に延長された。ブリンケンは、ジョーダン、カタール、バーレーン、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、エジプトなどの中東地域を転々とした。「ハマスとは今までのような関係は持てない」と彼はアラブ首脳陣に伝え、彼らはエスカレーションを止めるために交渉の間口は開いておく事で同意した。米国の随行員が大急ぎで会談に入ったとき、警護員はスーツ姿ではなく防弾服に身を包み、スタッフは空襲警報が鳴る度に防空壕に駆け込んだ。最終的に、ブリンケンは手応えを感じて帰国した。「灯りのスイッチを入れるようなわけにはいきません。何ごとにもプロセスがあるのです」と彼は言う。「そして常にそこ存在するものと、それが具現化するまでには若干のズレがあるのです」 11月初旬の二度目の中東訪問までに状況は変化した。イスラエルはガザへの空爆に続いてすでに地上侵攻を開始していた。破壊の写真や市民の死者数の増加によって、世界中で大きな抗議運動が起きていた。米国官僚はプレッシャーを感じているはずだとイスラエルは言った。イスラエルのとった戦略は、「人道的問題ではできるだけ米国の顔を立てる」というものだった、と元米国駐在イスラエル大使のマイケル・オレンは言う。この見解は、バイデンは自身の党から圧力がかかっているので、時間と考える余地を必要としている、というものだった。もしそれがとるべき方向だとしても、必ずしも効果が表れてはいなかった。ネタニヤフは米国の要求を拒絶し、米国の公的な立場に逆らいながら、ネタニヤフに言わせれば「外交における鉄の防壁アイアン・ドーム」という米国からの支持を勝ち誇った。「私たちはイスラエルに思いを寄せて共にあり、国民の溢れんばかりの悲しみの中にある友人を支え、このような実に困難な会談を続け、実に厳しい交渉を前へ前へと押し進めてきました」とバイデン政権の上級官僚は言う。（2月1日は⑫まで進みました）（1月18日） What Happens When You Put a Fossil Fuel Exec in Charge of Solving Climate Change ≪化石燃料の企業幹部を気候変動問題解決の責任ある立場に就かせたりしたらどうなるだろうか》・・・② だから化石燃料企業を率いるアル・ジャベールに対する批判が厳しいのは当然だろう。100以上の欧州議会加盟国と米国議会は5月に、アル・ジャベールがCOPの方向を非常に危険なものにするとして彼の辞任を要求した。化石燃料を取り巻く利益団体は、臆面もなくCOP会議をコントロールしようとしている、とゴアはこの夏にTEDトークで話した。アル・ジャベールについてゴアは、「彼は好人物だ。切れる人だが、利益の対立は別問題だ」アル・ジャベールをざっと分析するために、しばらく冷静に考えてみよう。ペトロステイト出身の石油・ガス企業CEOは、化石燃料からの移行を牽引するに理想的な人物なのか。控えめに見ても、その懸念はもっともだ。しかしアル・ジャベールを化石燃料関連企業を再興させるための手先だと考えると、全体が見えなくなる。COVID-19以降では、市場が化石燃料を再評価した。ウクライナ戦争のせいで、気候変動問題の先駆者は、ロシアに対抗するためにもっと多くの石油採掘やガスパイプラインを求めるようになった。バイデン大統領お墨付きの気候変動法（インフレ抑制法）は、水素燃料や地熱発電、そして二酸化炭素除去技術などの幅広いテクノロジーへの企業補助金を介して、石油会社に救いの手を提供している。今年初めに、オキシデンタル・ペトロリアムのCEOであるビッキー・ホラブはある産業会議の席で後者について発言した。「この法律はこの先60年、70年、80年も大いに必要になるだろうと考えて、我々に操業し続けてもいいという許可を与えたのだ」このような決定的節目で石油産業が成長しているという現実は、脱炭素化に向けての新たな戦略を模索する方向へと気候変動運動を押しやった。石油パイプラインの反対を高揚させた運動で頭角を現した活動家集団350.orgは、「単に戦いを挑むだけではなく、解決に向けて進んでいこうという旗のもとに団結させる」戦略へと移行した、と書記長のメイ・ボイーブは言う。つまり、エネルギー・ミックスから化石燃料を取り除くことを願って、再生可能エネルギーを提唱していく方針への転換だ。イケヤやイーベイのような企業を含む130社以上のグループが、「化石燃料の使用や生産を段階的に縮小していく」ことを働きかけるための請願書に署名したが、このような請願はほんの数年前でさえ考えられなかった新しい取り組みだ。「この産業について言うなら、もちろん彼らはまだ需要はあると言います」とこの請願書を組織した「本気の企業連盟（We Mean Business Coalition）」代表のマリア・メンディルスは言う。「私たちは実際には需要が減少することを示すために結集しているのです」今のところCOP28の交渉代表は、この問題に部分的に同意しているようだ。彼らは再生可能エネルギーの容量を3倍にする努力をするという共通基盤を見出した。しかし化石燃料を段階的に削減していくことに関する話し合いは、同様のコンセンサスに達していない。ジャベールは距離を認識している。この乖離を埋めるための彼の戦略を特徴的に言えば、クリーンなエネルギーに投資すれば儲かるという経済の方程式に変えることに重点を置く。家電メーカーから民間金融機関にいたるまで、すべての企業を活気づけ、金の流れを良くしようとしてきた。そしてたとえば改革の許可を与えてエネルギー市場を再構築するというように、再生エネルギー企業に中心的役割を与え、企業の関与を高めようとしている。ちょっとシンボル的な場面だが、9月の国連総会のためにニューヨーク市を訪れたとき、アル・ジャベールは各国政府閣僚が何日か逗留しているホテルを抜け出して、ニューヨーク証券取引所の鐘を鳴らした。「商人にとって良いことはドバイにとっても良いことだ」とUAEの建国者の一人シェイク・ラシッド・ビン・アール・マクトゥームは言った。どうやらアル・ジャベールも、気候変動問題に対して同じ考えを持っているようだ。昨年1年間で、ドイツ首相オラフ・ショルツなど政界首脳やフランシス法皇のような宗教界のトップに加えて、マイク・ブルーンバーグのような経済界の大物と会談してきた。外交活動にもかかわらず個人的批判があることを彼は不快に思っている。「あなた方は私を疑問視しますが、それってフェアですか。まったくフェアじゃないですよ」ともう時間だと告げに来た側近を手で追いやりながら私に言う。「私が全力をかけてやってきた業績や経験は、持続可能性、経済の多様化、プロジェクト・マネジメント、そしてそれを実行することでした」 COP28に向けての主要な問題は、他の経済界の連中が同調するかどうかだ。アル・ジャベールにインタビューした2日後に、私は世界各国から集まった気候変動・エネルギー大臣たちが忙しく動き回っている広いランチルームで、ジョン・ケリーと同席していた。インフレが気候変動アクションにどのように影響するかを尋ねようとしたとき、「ジョン、ジョン！」と叫ぶ声を聴いた。その声の主はサウジアラビアのエネルギー大臣であり、モハッムド・ビン・サルマン皇太子の異母兄弟アブドゥラジズ・ビン・アル・サウドだった。ケリーは遠回しに、サウジアラビアはこの議題の一定の部分について非公式に同意するのか、とケリーは確約を求めた。「わがよき友よ」とケリーは言った。「あなたは保障してくれますよね、大丈夫ですよね」周囲から笑いが起きる中でアブドゥラジズは答えた。「内容によりけりです」気候変動危機にとって必要なことと化石燃料産業にとって必要なことの不一致を歩み寄らせることができるかどうかの鍵は、サウジにかかっているのは暗黙の了解になっている。サウジは世界第二の産油国であり、気候変動交渉においては従来から自国の化石燃料経済を守るために動いてきた。「どの程度の熱意があるかは、サウジアラムコが是とするかどうかにかかっています」と石油・ガス会社の議論に熟知している高官は、サウジ国営石油会社の名を挙げながら言う。 COP28の基本的同意にとっての難問は石油関連大企業だけではない。米国やヨーロッパは、自分たちの炭素放出に代価を支払う責務を負うというやり方の気候変動政策に抵抗してきた経緯がある。インドや中国は石炭を段階的に廃止していくという要求に従来から抵抗している。UAEはほとんどの国といい関係にあり、理屈からいえばこの溝を幾分でも埋めることができる優位な立場にある。「私たちが何年もかけて培ってきた専門知識やつくってきた関係性を生かせる時が来たのです」とアル・ジャベールは言う。この会議に最も詳しい高官は、アル・ジャベールが誠実に役割を果たしていると概ね評価している。「彼は全力で関わっています」と欧州連合で気候変動政策を指導するマロス・セフコビッチは言う。「この先、想像を超える困難が人々を待ち受けています」とマーシャル諸島からの特使ティナ・ステジは言う。「でも期待は大きいです」だからと言ってCOP28が成功することを意味しない。アル・ジャベールのビジネス志向のやり方は、一連の戸惑わせるような判断を見せてきた。彼はあちこちの広告会社を歴訪した。複雑な気候変動会議を見通せる専門知識など持たないマッキンゼーに指導を仰いだ。アドバイスを求めてあちこちを訪ね歩くのに何か月も費やしたが、そんなことは交渉を後戻りさせる、と言われてもいる。アブダビから戻って、気候変動会議の参加国で大勢の人から投げかけられた疑問について私は考えた。「彼は信用できるのか」彼の立場が全く居心地の悪いものであるにも関わらず、彼は終始一貫していたと思う。アル・ジャベールにとっての現実主義は、経済が変化する時しか化石燃料からの離脱は起きないだろう、というものだ。当分の間は、彼は石油で利益を上げる。我々みんなのために、そんな事態がすぐにも変わることを望む。（第二記事） The Founder of Uniqlo Has a Wake-Up Call for Japan ≪ユニクロ創業者は日本に警鐘を鳴らしている》昨日の夕刻の風雲が東京を洗い流し、くっきりとした晴天をもたらしていた。日本で最も裕福な人物であり、資産額750億ドルのアパレル帝国ユニクロの創業者柳井正は、板張りの事務所に並べられた美術本を熱心に見ている。彼の会社の本社はほとんどがそうであるように広々とした事務所で、隅田川の全貌が見渡せる。やっとのことで彼が特に好きだという一冊を見つけ出した。それはタイム誌が特集したジョンF・ケネディの写真集で、弟のボビー・ケネディとキューバ危機に際して真剣に話し合っている写真が表紙を飾っている。「特に『国があなたに何をしてくれるかを尋ねるよりも、あなたが国に何ができるかを尋ねなさい』というケネディの言葉が好きです」と注意深くその写真集を棚に戻しながら柳井（74歳）は言う。「今日そのことについて話したいのです」一見すると、柳井が上機嫌になって当然の多くの理由がある。父から引き継いだ衣料店から立ち上げた持ち株会社ユニクロやその他8社のブランドのファストリテイリングは前年度比で28.3％上昇し、この8月31日には25億4,000万ドルの収益を上げている。その間、ユニクロの株価は現時点ですでに31％上昇し、柳井の個人資産を360億ドルにした。彼はまた、2027年までに北米に現在展開する72店舗をほぼ3倍にしたいという大胆な計画を立てている。長期的な経済不況に苦しんできた日本が、今や米国やヨーロッパの経済よりも急速な発展を遂げるだろうと予測され、欧州証券取引所では30年ぶりの活況を見ている中で、日本中に明るい見通しを放っている。さらには、ウクライナ戦争に直面する中で、日本は飛躍的に増大した防衛予算を決定し、5月にはG7サミット主催国として各国首脳を広島に招待し、世界第三の経済力に相応しい指導的役割を再興しようとしている。「日米同盟はかつてなく強化され深まっています」と4月末に岸田首相はタイム誌に語った。しかし柳井は日本の新種のハッタリを信じていない。その代わりに、日本の真の姿を見るべき時だと言い、「同国人に対して衝撃的な言葉」を送りたいと主張する。「目覚めよ！」と彼は正面切って言う。「日本は決して先進国ではありません。30年間休眠状態でいるからです」柳井の衝撃的な言葉は言う。製造業に異常なまでに固執し、労働者は企業の慢心にすっかり慣らされてしまい、税収よりもますます借金頼みになる予算のせいで、日本は断崖絶壁の上で身動きがとれずにいる。12月に日本政府は、税収の見込みがたった4,930億ドルにも関わらず、2023年には新たに2,500億ドルの公債発行を計画し、8,580ドルの一般会計予算を計上した。日本の公債はすでに世界最大のGDP比264％になり、名目賃金（インフレ率未調整）は、1990年から2019年までに、米国の145％賃上げに比べて、日本はたったの4％だ。G7諸国の中では最低の生産性に低迷している。「北京や上海では、日本の同等の職責に匹敵する賃金の2倍から3倍が支払われています」と柳井は言う。「日本の経済を正常化する必要があります」柳井は有言実行の人で、3月には日本国内のファストリテイリングの約8,400人の従業員の賃金を最大40％引き上げた。「それでも低いです。もっと高い賃金を払うべきです」と彼は本音を言う。1臆2,500万の日本人が無自覚のまま大惨事に向かって進むのを止めるために、利子率を上げたり、補助金をカットするなどして、率先垂範して同様の大幅な変革をすることを日本政府に求めている。米国の主たる同盟国の財政不振は決して喜ばしいものではなく、とりわけ経済的競合相手であるだけでなく、世界のライバルとして米国が意識している中国が直接影を落としている同盟国にあってはなおさらだ。だとしても、会社の出世階段を着実に登っていくことをキャリア形成だと考える経済人にとっては、柳井の鬨の声は苛立たしく響く。経済界が柳井の体制に反抗する熱狂を評価するかどうかは非常に疑問だ。柳井は危険については語りたがらない。「我々が世界に参入していかない限り、そしてもっと活発にならない限り、日本の人々にとっての未来はないのです」柳井は流れに逆らって泳がないではいられない。周囲から目立たず型にはまった行動をする企業文化の中では、彼は激しく唸る発電機だ。これ見よがしに富を誇ることをタブーとする日本で、柳井は嬉しそうに成功を誇示する。たとえばマウイだけで2つのゴルフコースを所有する。ライバル企業のCEOが株価を気にしているのに、柳井は躊躇せず痛烈に政治エリートを批判する。「日本の政府や官僚は、その精神構造をもっと批判されるべきです」と彼は言う。「なぜなら彼らは何も知らないからです」しかし2003年出版の自伝を「一勝九敗」と題した著者を傲慢だと責めることはできない。自力で這い上がった自分史の中には、克服した苦難であったり、自業自得の誤謬であったり、常に持ち続けている自戒だったりが書かれているからだ。山口県宇部市出身の柳井は、両親が経営する既製服販売店の二階にある狭苦しい部屋で育った。東京の著名な早稲田大学政経学部に在学したが、左翼学生が構えた18ヶ月のストライキのせいでまったく授業に出席せずに卒業した、と言う。しかし勉強ができなかったおかげで、米国や英国に旅行する機会を得て、帰国後に開花して中規模衣料店を拡張していく種がそこで植え付けられたのだった。スーパー・チェーン店の男性用衣料販売をしばらく経験したあと、1972年に柳井は父親から店を任された。しかしたった2年のうちに、柳井の経営スタイルに馴染めないという理由で、1人を除いて全員が辞めていった。（その残った1人は今も彼と一緒に働いている）その後も1984年まで事業は順調に伸びていき、柳井は広島中部に最初の店舗「ユニークな衣料店（Unique Clothing Warehouaw）」の支店を出し、後にそれを短縮してユニクロと名付けた。ユニクロの初期の成功は、低価格と質の良い素材を兼ね備えたことだった。たとえば冬には暖かく、猛暑の夏には通気の良さを維持できる人気のヒートテック・シリーズのような新たな素材で、柳井は粘り強く挑み続けた。東京で最初の店舗を開いた1998年にユニクロの躍進は訪れた。その開店記念セールにたった15ドルの軽量フリースを売り出し、バブル後の経済下で価格に目がない消費者の間に旋風を巻き起こした。日本人の4人に1人がこれを購入した。柳井は家族経営の零細衣料店を、世界で3,500以上のファストリテイリング店に拡大するという国際的偉業を成し遂げ、中でもロンドンのコベントガーデンやミラノのピアザコードシオ、またニューヨークの5番街にユニクロを掲げた店があった。ユニクロはすでに世界的展開力の観点から言ってGAPを抜いていたし、スウェーデンのH&MやスペインのZARAに急速に迫ろうとしていた。「私の目標は可能性があれば何処ででも成長を追い求めることです」と柳井は言う。それでも彼は大失敗を経験してきた。2001年、ユニクロは英国に21店舗をオープンしたが、惨めな売り上げの結果、その16店舗を閉鎖した。2005年にはニュージャージーに最初の3店舗を開店したが、翌年には全店を閉鎖した。「ユニクロはまったく無名でした」と柳井は言う。「米国は私の最大の失敗でした」それでも彼は頑張り続け、進化し続けた。柳井の最初の数十億ドルは、低価格、簡素、機能性、耐久性を売りにした衣料で稼いだものだったが、今日のユニクロは大きな価値連鎖の中に存在している。モマ、ルーブル、テート・モダンとコラボしたデザインや、その前のスポンサーだったナイキの3倍にあたる年額3,000万ドルで2008年に契約したテニス界のレジェンドであるロジャー・フェデラーなどをブランド・アンバサダーにしている。柳井が大切にする哲学は、徐々に消えていくよりも大胆に失敗せよ、というものだ。炭鉱で栄えた街が、エネルギーの移行により閉山され、仕事は他所に移っていったという宇部の痛手を、彼は心に負っている。仕事がなくなれば、人々が利用していた店も閉店した。どんな商売にもそれなりに寿命があり、時勢に適応しなければ消えていく、という厳しい教訓だった。限界を越えていこうとする柳井の情熱は、ユニクロ東京本社に現れている。本社は区のひと区画の大きさを占め、そこには4メートル以上の高さの空間にカフェやゆっくりと寛げるスペースもある。自慢の研究開発部門では、新素材を－40度で冷やしたり土砂降りの雨のように水を浴びたりして、その状況下での着心地を熱探知カメラでモニターしている。地下には写真やビデオ専用のスタジオがあり、そこでは翌シーズンのファッションを試着したモデルたちが歩いたり、色補正されたその映像が3メートル離れたところにいる技術者によって会社のサイトに即座にアップロードされる。デザインブックがギッシリ詰まった図書室があり、相撲場をモデルにした大ホールには艶のある木製の観覧席があり、大規模なプレゼンテーション用に1000人分の席が設置されている。すべてがコラボし管理される方向に統率されている。海外の業者が提供する衣料見本を単に信用してコピーするのではなく、かなりの費用をかけて東京にあるイノベーション工場を維持し、そこでまずユニクロは、生産の全工程の技術的問題を処理する。複雑な縫製を皺もつけずに一本の糸で縫っていくことができ、材質やスピードに合わせるために生産管理者が何百もの変数を調整する度にカタカタと音を立て、40％も効率性を上げる様々なレベルの3D縫製機や、縫製が終わった後で洗浄される時間や温度に至るまでだ。そうやって創られた全体の原図が、まったく同じ質の機械や素材を備えたバングラデシュやベトナムの提携工場に送られ、何千もの要素がその生産に加えられようとも正確な複製を創り上げることを可能にする。「ファッションや機能とともに、その質の良さが重要なのです」と柳井は言う。ユニクロの機動性と世界的に急増する優位性は、多くの日本企業について言われる衰退とは真逆の印象を与える。2000年代まで、日本は多くの技術的パイオニアを排出してきた。たとえばカシオはポケット計算機を、セイコーはクオーツ製腕時計を、富士フイルムは最初のデジタルカメラを発明した。しかし近年では、自己満足、保守的指導体制、そして熾烈な企業間競争が日本のブランドを後継に追いやってしまった。「日本企業は、まるでバックミラーを見ながら管理されているようです」と柳井は言う。「日本人は他のアジア諸国に遅れをとっているという現実を自覚する必要があります」多くの日本人は同意する。昨年岸田は、新興企業の経営状態を安定させるための民間助成基金を援助することによって、2027年には日本国内のスタートアップ企業を10倍にするという計画を発表した。日本のGDPのわずか0.08％がスタートアップ企業に投資されている。米国では0.64％、イスラエルでは2.61％だ。主たる障壁は心理的なものだ。日本の企業文化には「ねまわし」という概念が深く浸透している。つまりどんな提案や方針転換についても、支持やフィードバックを暗黙のうちに集めという非公式な「合意形成」過程だ。反対に柳井の指導スタイルは「独裁的だ」と、東京に事務所を構えるコンサルタント会社フェネトレ・パートナーのマネージング・ディレクターであるハセガワ・ヤスシは言う。「日本の最大の欠点は、個性がないことです」と柳井は言う。「人は自分の足で立つ必要があります」柳井の後継者が誰になろうと、ユニクロの成功にとって不可欠な、リスクをあえて引き受けるという企業精神を持ち続けるだろうか、と多くの日本人は訝る。2002年に柳井は、ユニクロの経営を副社長のタマツカ・ゲンイチに譲ったが、タマツカは3年後に「着実な成長もいいが、もっと自在に変化して成長することを望む」と言ってそれを返上した。柳井は再び8月に、ユニクロのグローバルCEOツカグシ・ダイスケに日常的な経営を任せて自分は退き、ブランド・イグゼクティブ・ディレクター兼社長兼COOになるつもりだと発表した。柳井が退いた後のユニクロが、大きな変革を求めて限界を押し広げていく柳井の情熱を持ち続けられるのだろうか、という疑問が湧いてくる。「柳井が死なない限り、おそらくユニクロは普通の企業にはならないでしょう」とハセガワは仄めかす。少なくともその創業者の眼には、ユニクロが日本のために何ができるかは明確なのだ。だとすれば次の段階では、国がユニクロのために何をしてくれるか、という問いを柳井は残して去っていくかもしれない。（最後まで訳しています）（2024年1月4日） What Happens When You Put a Fossil Fuel Exec in Charge of Solving Climate Change ≪化石燃料の企業幹部を気候変動問題解決の責任ある立場に就かせたりしたらどうなるだろうか》・・・① サルタン・ジャベールはアラブ首長国連邦（UAE）所有の石油会社のCEOであり、アブダビのエミレーツパレスホテルで10月に開催する国連気候変動会議の議長を務める。アラブ首長国連邦がどんな国かを知るためには、アブダビのエミレーツパレスホテルでカプチーノを味わってみるといい。一杯のコーヒーが約25ドルするのだが、その表面には金粉が振りかけられているというのが一番の売りだ。世界最高のホテルに数えられる豪華なパレスの角々にまで贅沢を極め、床から天井まですべて大理石、水晶で作られた1000個以上ものシャンデリア、金の縁飾り、そして選りすぐりのミシェラン5つ星レストランがそこにある。通りを横切ったところにあるのは、このホテルを建造し、廃れた砂漠の一角を一人当たりのGDPが米国より高くしたとてつもない富の源泉がある（購買力を加味した数値）。それはアブダビ・国営石油会社ADNOCだ。贅沢なホテルとは逆に、ガラス張りの高層ビルは、ピカピカに磨き上げられているが効率的なオフィスビルで、ほとんど質素だと言ってもいい。従業員や訪問客は地味な服装で、私が訪問するにあたって事前に渡された13頁のドレスコードに従っている。私は10月後半にアブダビに渡ったのだが、それは金のカプチーノを味わうためではなく、サルタン・アル・ジャベールにインタビューするためだった。彼は経済学博士から再生可能エネルギー会社、後のADNOCのCEOになった人物で、12月にドバイで開催予定のCOP28国連気候変動会議の議長を務める予定だ。このあたりは、我々が現在消費している化石燃料を直ちに削減することが科学的共通認識になっている最高気温を記録した地域に近い。同時に資金が化石燃料に流れ込み、今年だけでも1兆ドル以上が新たに投資された、と国際エネルギー局（IAE）は言う。アル・ジャベールはCOP28の座長であり、世界最大の化石燃料会社の責任者でもあり、このような現実を共存させる使命を担っている。伝統的な白いトーブを着てエミレーツパレスの応接間に座っている彼は、批判の標的であり可能性のシンボルでもある。「化石燃料使用の段階的削減は不可避です」と彼は私に言う。「我々はそれを受け入れなければなりません」同時に、世界はまだ石油やガスと完全に手を切る準備はできていない、と彼は言う。「我々は冷静に考える必要があります」と言う。「新しいものを作り出すまで、今あるエネルギーシステムから世界を切り離すことはできません」ほとんどの開催年にあっては、COP会議の議長の役割は主として、締約諸国の垣根を取り除き、気候変動政策の微妙な分野で共通する素地を見つけだす、いわば事務的な役割だった。アル・ジャベールはまったく違ったやり方をしている。会議への招待を石油やガス会社にまで広げ、民営部門の気候変動対策を優先してきた。アル・ジャベールの考えでは、COP28の成功は、全般的な気候変動との闘いはもちろんだが、不安定な交渉次第であるのと同じほど、民間セクターを歓迎し、市場の状況を変えていくことにかかっているという。「根本的な考え方の変化が起きようとしています」と彼は言う。「（訳注：気候変動危機を解決する）政治的プロセスには、民間資本とビジネス的発想の助けが必要なのです」成功にはほど遠い。「ビジネス的発想」は必ずしも、200ヶ国の間の外交的交渉の所在を示してはくれない。企業、とりわけ石油やガスを扱う企業は、気候問題に責任をもって遂行していく実績をあげていない。グレタ・ツンバーグやアル・ゴアなどの批判者に言わせれば、アル・ジャベールが化石燃料会社が世界的気候変動解決への動きを失速させるために必要な当て馬にすぎない。気候変動危機と闘う多くの利権集団に手に組ませることができるのは自分だけだ、とアル・ジャベール自身は言う。そんな論争は来たる締約国会議の内実を決定する。化石燃料に依拠して我々の経済を何とかやりくりし続けながら、その間に石油やガスを段階的に削減していく必要がある。その点ではアル・ジャベールの冷徹な見方は間違ってはいないが、彼の現実的視野が何処に向かうのかは誰にもわからない。私はアブダビで、元米国国務長官であり現在はバイデン大統領の下で気候変動問題公使を務めているジョン・ケリーと同席した。彼は最初からアル・ジャベールに協力的だったが、困難は承知していた。「上手くいくかも知れないし、ダメかもしれません」とケリーは言う。「石油・ガスの企業代表にCOPのホストを一度やってもらえばいいじゃないか、と言う人たちもいます。それは大きな問題です」アブダビから私を運ぶベル412ヘリコプターの窓から外を眺めると、アラビア半島の昔ながらの砂漠の景色が見える。見渡す限りの波打つ砂丘。別の窓から見えるのは、太陽光パネルがずらりと並ぶSFのような光景で、マンハッタンよりも広い地域を埋め尽くしている。ソーラー公園に沿って進みながらヘリが高度を下げれば、ほぼ900フィートの高さの塔が間近に見える。周りをぐるりと囲む7万個の反射鏡からエネルギーを抽出して蓄える溶解塩が詰まった塔だ。気候変動問題への実験的取り組みである、世界最大級のモハメッド・ビン・ラシド・アル・マコトウム・ソーラー公園に飛行するように、アル・ジャベールのチームは取り計らってくれた。太陽光発電農場にも驚いたのだが、そこに向かう飛行中に一瞬見た光景にも同様に好奇心をそそられた。我々はアブダビのヘリパッドから飛び立ったのだが、60年前は真珠貿易の衰退で苦しむ貧困地域だった砂漠から高層ビルが突如として出現した。そこからペルシャ湾上空を飛行し、この国が日々生産するほぼ300バレルの原油に寄与するUAEの沖合原油掘削油田の幾つかが見えた。アル・ジャベールはこのエネルギー生態系の中心にいる。眼鏡をかけた50歳の責任者は、アブダビ国営石油会社（ADNOC）を経営すると同時に、彼が共同設立した国家所有のマスダールの会長だ。この国営企業は40以上の国々で再生可能エネルギー計画を行っている。我々が席に着くと、彼は優しく迎え入れ、すぐに自分の経歴紹介に入った。彼は2016年にADNOCの経営を任されたが、それはパリ協定に署名した数か月後のことであり、世界が化石燃料から離脱していく時代に「取り残されないように」する意味があったのだ、と言う。「彼らは賢明な、漸進的な石油からの離脱を望んだのです」漸進的というのは相対的な表現だ。アル・ジャベールはADNOCに石油を減産するように指示していないし、ADNOCを再生可能資源の生産会社に転換させる方向性も示してはいない。それどころか、ADNOCは増産計画に1,500億ドル以上もの投資を行い、その中には2030年までに原油生産能力を1日当たり500万バレルまで拡大する計画も含まれている。その一部から捻出した150億ドルは、石油が生み出すだろう炭素放出を削減するために使われると言う。つまり何らかの改善に繋がっている、と言うのだ。沖合油田は現在電気で操業されていて、デジタル技術を使ってエネルギーが無駄に使われている場所を特定する。そしてこの会社は、炭素貯留設備を建設するための大規模予算を組み始めた。同様に他の企業にも、有力な温暖化ガスであるメタン放出を抑制し、自社操業における脱炭素の取り組みを進めるための責任ある約束を携えてドバイ・サミットに参加するようにと、COP28の議長として彼は呼びかけを行った。「もしそれが自分が実践してきて、この産業にいる皆に自慢できる内容でなかったとしたら、彼らに説得する立場にはないでしょう」と彼は言う。話し合いは簡単ではなかった。特に意欲的な提案に対して抵抗を示す国有石油会社が存在する中においては。自分のやり方は「現実的」なのだ、とアル・ジャベールは言う。石油の需要は大きいし、急激に脱炭素の方向へと向かうとしても、今世紀の中ごろまではまだ石油供給は必要になるだろう。どんな石油を使おうとも、炭素含有量が最小の石油を使うことが可能ならそれがベストだ、と彼は主張する。原油価格が安価なゆえに、エネルギー・ミックスという形で世界の原産国の中で最も長く生き残れそうなUAEやサウジアラビアにとっては、その方法が特に重要なのだ。石油や天然ガスを脱炭素化することだけでは確かに不十分であり、一部にはそれはエネルギー産業の隠れ蓑だという批判もある。石油産業の操業が世界のエネルギー関連排出の15％を占めるが、真の問題は販売する製品の方にある。9月の国連アセスメントによれば、まったく衰退しそうにない可採資源量の化石燃料を段階的に削減することは、パリ協定の目標を到達可能なまでに近づけるためには「不可欠」だという。（1月4日は②’まで進みました）（12月21日） Stella McCartney Is Changing Fashion From Within 《ステラ・マッカートニーはファッション界を中から変革しようとしている》・・・② 小さなスタートアップ企業との提携は思わぬ事が起きる。2022年にステラ・マッカートニーは世界で始めて、真菌の根にあたる菌糸体から作ったマイロの豪華なハンドバッグを作ったが、資金不足のために最近生産中止になった。他の素材は実用には適用できない。彼女は生物分解性のシークインでスタートアップ企業のラディアント・マターと提携し、2023年春のボーグの表紙にはステラ・マッカートニーによるデザインのバイオ・シークイン製のジャンプスーツを着たカラ・デレビンを登場させたのだが、一枚一枚が壊れやすいシークインは手で縫い合わせる必要があった。しかも他のPVC不使用のシークインでは従来のような多彩な色は出せない。「精魂込めて働いただけに、腹が立ちました」と同業者たちがやっていることと比べて、自分が直面している壁について話す。しかしこのようなことがあるからこそ、朝になるとまたやる気が出るのです」その結果はやるだけの価値があったと彼女は感じている。彼女の2023年冬コレクションには、ミラムで作った有名高級ブランドであるファラベラの服、葡萄酒の絞り滓を原料とするベジアで作った膝上までのロングブーツ、ジュースやジャムの製造過程で出る副産物の林檎の皮で作った合皮のワニ革ハンドバッグがあった。葡萄でできた靴や再生型コットンでできたブラウスを消費者が知らずに購入していることを考えると、マッカートニーはなんとも言えないスリルを感じる。「自分がこうありたいと願うもの、贅沢なもの、現実回避など、夢を諦めなくても勝利できるのです」と彼女は言う。成功を得たにもかかわらず、マッカートニーをまだ中傷する人たちがいた。自分は完璧ではないし、自分のブランドも完璧ではない、と彼女は繰り返し私に言う。素材の在庫や廃品の再利用に注力する彼女だが、なおも新製品を創っている―1,100ドルもするミラムのハンドバッグがすぐに捨てられるとは考えにくいが。「私の解決策は価格本位ではありません」、そして4人の子どもたちにはファストファッションよりも、チャリティー・ショップで中古品を買うように勧めている、とマッカートニーは言う。また彼女はスポーツ衣料ではアディダスと提携している。「私は控えめなほど効果的」という信念を持っています。贅沢なものは上質でデザインは時に左右されないので、価格に見合う価値があるし、今では再販やレンタルを支援するビジネスもあります」（ステラはラグジュアリー・レンタルショップのサイト「リアルリアル」の初めての公式ブランド・パートナーになった）。 LVMHの組織内部から、マッカートニーがいかに真の変革を起こすことができるかには疑問もある。CEOのアルノーはマッカートニーの価値を評価しながらも、彼女との提携を結んだ数ヶ月後に、気候変動活動家のグレタ・ツンベリーを「地球滅亡説に完全に侵されている」と公然と批判した。すでにステラがケリングにいた早い時期から、毛皮をまとったり、毛皮を売ったりする敵と手を組んでいると批判されてきたが、それこそ彼女が言うところの、内部からジワジワと浸食していくことなのだろう。彼女はすでにその成功を経験している。2010年には自分のブランドで有害なPVCの使用を禁止し、この動きはその後サンローランやバレンチノを初めとするすべてのケリングのブランドでも採用された。ファッション産業の常識はなかなか変わらないかも知れないが、LVMHでの仕事は面白いしやり甲斐がある、とマッカートニーは言う。「もしそこでCEOになれるなら、飛び上がって喜びますよ。だって今もそこでいろんな決定がなされているのですから」 LVMHとの提携はすでに結果を出している。マッカートニーの2023年夏コレクションには、胸に青の「Snog a Log（2つの樹がキスをしている）」のグラフィックデザインをプリントした、豪華ブランドでは始めての100％再生型コットンで作ったTシャツがあり、マッカートニーの素晴らしいほど茶目っ気たっぷりのユーモア感覚だ、とそれをウィントアは呼んでいる。2019年からマッカートニーのブランドは、害虫を駆除し生産性を上げるために有害な化学薬品を使う伝統的な綿花栽培を止めるために、トルコで家族経営の綿花栽培を営んでいるソクタスと手を組んでいる。再生型コットン計画は5ヘクタールから始めて2022年には55へクタールになった、と彼女のチームは言う。現在、ルイビトンはソクタスの資産を引き継いでさらにこの計画を発展させようとしている。そのことはマッカートニーが前に進んでいくことを助けている。しかしその気持ちを支えているのは唯一、衣服を通して消費者と関係を築きたいという気持ちなのだ。ファションはサービス業だと彼女は考えている。彼女がコレクションに取り組んでいるとき、ステラ・マッカートニーがデザインする洋服を着る人が、どんな風に自信を持ち、居心地良く感じ、生き生きとするか、自然体で、うっとりとしていられるか、が常に頭にある。「最高の私自身を感じたいのです」と彼女は言って目を輝かせる。「私は超最高だと感じたい」（第二記事） The Roots of Christian Nationalism Go Back Further Than You Think ≪キリスト教的愛国主義は一般的に考えられているよりも遙か昔に遡る≫ 米国では過去数十年もの間、米国史についての多岐にわたる論争や、時には暴力的な対立があった。この種の闘争は典型的には社会変革の時期に勃発するのだが、そんな時代には文化的動乱が旧来の常識や生活様式の基礎を震撼させる。政策によってというよりもむしろアイデンティティによる分断が生み出される。歴史が文化戦争における最前線になり、国家としての我々がいったい何であるかについての主張が、いつ、どのようにして我々がこの地に辿り着いたのかについての相争う物語に転じることが不可避となる。最近「白人愛国主義」という言葉が社会学者やメディアの間で聞かれるようになり、トランプ主義や「再びアメリカを偉大に（Make America Great Again : MAGA）」運動と共に表舞台に躍り出た世界観を指すようになった。有害な形で混じり合った民族的・宗教的アイデンティティは、2021年1月6日の国会議事堂への襲撃に参加した暴徒が掲げた祈りや宗教的シンボルに投影されていたし、その3分の2が白人キリスト教徒である現代の共和党の運動の核心になった。しかし長い西洋の歴史の背景にあったものに照らしてこの最近の傾向を考えれば、この用語が描く現象がオバマ後に出てきたMAGA的反撃というよりもさらに根深いものであることがわかる。最初のヨーロッパ人が5世紀前にこの海岸に辿り着いて以降、権力の座を求めて激しく対立してきた道徳観によって、我2大政党は最近頓に活気づいている。アメリカはヨーロッパ・キリスト教徒のために神が定めた約束の土地なのか、あるいは万人が遍く公平に市民としての立場にあるという多元的アメリカ民主主義なのか。ほとんどのアメリカ市民は後者の立場を取る。しかし白人キリスト教徒は、必死に、自己防衛的に、前者の立場にしがみつく。今日ある白人キリスト教愛国主義の根深いルーツを十分理解するためには、少なくとも1492年まで遡らなければならない。この年はクリストファー・コロンバスが「紺碧の大洋を航海した」年ではなく、黄金や鮮やかな色のオウムと共に十数人の原住民を捕獲してスペインに凱旋した年なのだ。それはまた、1,500近い乗組員を乗せた遙かに大規模な17隻の艦隊を組んでアメリカ大陸に戻る任務を帯びた年でもある。そこにはコロンバス本人はもちろん、国王フェルディナンドや王女イザベラがまだアジアの海岸だと信じていた土地に暮らす人たちを、早急に改宗させる使命を帯びた十数人の宣教師もいた。同時に1493年のコロンブスの帰国は、最も運命的ではあるが、西洋キリスト教会史が認めることのない「発見の教義」として知られるようになった神学的前進を促進した。それは15世紀にローマ教皇が発布した勅諭（教会と法王が絶対的権威を与える公式の布告）で確立された教義で、ヨーロッパの文明と西洋キリスト教は他のどんな文化、人種、宗教よりも優位にある、と断じていた。このような前提に立てば、圧政や植民地主義的征服は、たとえ現世においてではないにしても、そこに暮らす諸民族の永遠の運命を改善する手段でしかない。だとすれば現世におけるどんな残虐行為も、ここで謳うところの計り知れない善行に対して正義を判定する秤は決して揺らぐことはないのだ。この発見の教義は、アフリカ人の奴隷貿易を含むヨーロッパ帝国主義の利益に、キリスト教宣教師の熱意を取り込んだものだった。教義に神学的・政治的基礎を与えた最初の布告であるドゥム・ディバーサは、1452年6月18日にニコラス5世によって発布された。それはあからさまにアルフレンツォ国王に以下のような権利を与えていた。すべてのサラセン人（イスラム教徒）を、またどこに住んでいようとその他キリストの敵を、そして王国、公国、主権国家、領土、所有地、彼らが持つ動産、不動産など何であれ、侵略し、捜しだし、捕獲し、征服し、制圧し、そこに住む人々を終身奴隷にする。この教皇の布告、そしてその原則を拡大解釈し発展させた他の布告は、「未発見の土地」のヨーロッパの植民地競争の足枷を外すための道徳的・宗教的正当化を提供し、アフリカ人奴隷貿易の繁栄に勢いを与えた。アメリカ流解釈のための最も重要な教皇の布告は、前年のコロンブスの航海を受けた、アメリカ大陸の土地に対する所有権をスペインに与えるという明らかな目的で、1493年5月にアレクサンデル6世によって発布されたインテラ・カエテラという教皇勅書だった。この勅書はコロンブスを褒め称え、再び政治的征服に対する教会の栄誉、また政治的征服の利益を確約し、とりわけカトリック的信仰やキリスト教が讃えられ、何処にあっても教徒を増やし布教すべきであり、魂の健全に精進すべきであり、野蛮な国は征服され、改心させるべきである、という勅書だった。発見の教義はほとんどの白人学者や神学者の検討を逃れてきたが、原住民や非白人の学者たちは、その破壊的な影響の下で亡くなったり生活したりしながらも、白人優位主義のキリスト教的ルーツを長い間証言してきた。バイン・デロリアJr.（Lakota, Standing Rock Sioux：ラコタ名でスタンディング・ロック、スー族：スー語でÍŋyaŋ Woslál Háŋ）、ロバート・Jミラー（オクラホマ・イースタン・ショーニー）、スティーブン・Tニューコム（ショーニー・レナペ）のような原住民学者は、50年にわたってこのような重要な神学的・政治的捉え返しに注力してきた。過去十年間、私はもう一度の学びの旅をしてきたが、発見の教義はこの国で我々が継承しきたヨーロッパの政治的・宗教的世界観の深部を理解するためのロゼッタストーンのようなものだと考えるに至った。アメリカは「発見された」とか、我々白人キリスト教徒が自分自身について語ってきた物語の中には開拓者の高貴な純潔が秘められている、などという根本的な嘘がそこには書いてある。自明の運命（Manifest Destiny）とか、アメリカは国民にとっての帰るべき場所（a city on a hill）だとか、アメリカは新たなシオンの山などという思想は、1493年に植え付けられた種から芽吹いたものだ。ヨーロッパのキリスト教徒は選ばれた民という聖なる身分の選民思想は、ほとんどの白人キリスト教徒の世界観を形作ってきたし、それ故に米国史の全過程における重要な事件、政策、法律に影響を与えてきた。この世界観が現代社会に流布していることは、ブルックリン研究所と協働してPRRIが行った2023年キリスト教愛国主義調査（2023 Christian Nationalism Survey）においてかなり顕著な結果として現れている。「アメリカが、ヨーロッパのキリスト教徒が世界の模範となる社会を創造しうる新しい約束の地になることを、神は意図していると思いますか」という問いに、10人に3人だけがそう思うと答え、共和党の中では過半数の52％、白人福音教会プロテスタント（守旧派）では56％がこの主張を肯定している。さらにこの調査では、今日ある白人キリスト教徒の間に神が定めた白人キリスト教国家としてのアメリカにおける信仰、つまり我々の歴史においてどれほどの残虐行為があったとしてもそれを正しいとする信仰が、構造的人種差別主義、反移民感情、反ユダヤ主義、そして反LGBTQ的感情など存在しないと主張することにつながり、父権主義における性別分担を支持し、そして政治的暴力すら支持する、という結果がでている。現代白人キリスト教愛国主義運動は、5世紀前に最初のヨーロッパ人がやってきてから、この大陸全土にある文化的潮流から直接生じている。2021年1月6日に暴徒が米国国会議事堂を襲撃した時の写真は、エルナンド・デ・ソトが描いたところの、キリスト教旗を連ねて1541年5月1日にスペインが原住民の土地を収奪した光景と不気味なほど酷似しているのだが、この絵画は今も同じ議事堂の大広間に堂々と駆けられている。議事堂の階段には巨大な木製の十字架が掲げられ、イエスの名前が鮮やかに書かれた数枚のキリスト教旗が翻り、そこには聖書の言葉が書かれていた。祈りと暴力の両方のために手が上げられていた。このように考えると、暴徒たちが振りかざしたシンボルは偶然ではなかった。それは何世紀もの間続いてきた発見の教義の宗教的実践であり、常に実行されてきた義務を行うために招集されたのだった。現在ある対立と矛盾は、我国の歴史の中で我々が重要な新しい時を刻んでいることを明らかに示している。もし我々米国市民総体が置かれている位置を知ろうとしているのであれば、我々の国で生じた抑圧の歴史が同じ根にあることを知らねばならない。アメリカインディアンの大虐殺や強制移住、そしてアフリカ系市民のリンチなど、苦しんできた人たちの特定の被抑圧集団の苦悩に焦点をあてて個別的に扱うことは、正義を求める彼らの闘争を中心に置く限りにおいて、このような特定の集団の利益になる。しかしそのような偏狭な歴史の真の恩恵は、白人キリスト教徒たちの側にある。このような物語が個別に語られる限り、強奪、奴隷化、抑圧の犠牲者の中に措定された歴史的考察を破砕してしまう。たとえ善意であったとしてもこのように語られるとしたら、部分的な歴史的償いを促すに過ぎない。片鱗として語られる物語は、アメリカのいわゆる「インディアン問題」とか「二グロ問題」を、たとえ理解ある白人がそのような問題を歴史的に言及しようとも、離島のように隔離することになり、どちらの問題も他方からは見えなくする。しかしもし我々が流れに逆らって遡ろうと努力すれば、その源流に白人キリスト教徒の問題があることを発見するだろう。多くのところでこの真実は紛れもなく鮮明になっている。しかし白人でありキリスト教徒でもある我々の真実にとっては、この謀議における他者の黙認を要求しながらも、一方では起源説を用心深く気づかないままでいることを、我々自身の不安定な立場の故に歴史的に必要とされてきた。米国のすべての州のすべての地図は、広大な土地を我々が収奪し占領してきた事実の生き証人なのだ。ごく最近まで歴史の書物は、あり得ないほど潔白で栄誉ある過去を防衛するために必要な虚構で固められていた。その犯罪はあまりにもむごたらしく、その証拠はあまりに身近にあったので、事実を覆い隠し、このような架空の起源説をねつ造し、宣伝し、守るために、必死になって神学や哲学、そして総合的な文化世界を創り上げたのだ。こうした世界観は我々の教会に浸透し、説教、礼拝、そして賛美歌の中に溶け込んだ。我々の告発者の最も明らかな証言を沈黙させる自前の言葉使いを創りだした。「探検家」「先駆者」「入植者」などという響きのいい言葉への言い換えは、「侵略者」「占領者」「植民地的支配者」という言葉の耳障りな響きを覆い隠すために、それぞれの化粧板を考え出した。我々の歴史のあらゆる場所で受動態を使うことによって、責任を負うべき主体を守ってきた。我々は非常に上手く真実を覆う隠すことに成功し、最も啓発的な歌手ですら一片の良心の呵責もなく「この国はあなたのもの:This Land Is Your Land」と我々と口を合わせて一緒に歌うほどだった。我々や我々の子どもたちが前に進むべき道を照らし出すに違いない質問がここにある。否定できないほど明白で、完全に正すことが不可能なほど大きな犯罪から利益を得てきた者たちに、どうやって有意義なやり方で対応することができるのか。まったく我々の前に聳え立つ障壁は手強いものだ。奪われてきた生命、土地、苦役の申し開きをするためには、発見の教義に仕組まれた民族的・宗教的な上下関係を捨て去る必要があるだろう。健忘症に陥らない道徳的想像力、つまり黒人や原住民、また彼らの祖先が経験してきた構造的差別の記憶にこだわり続ける道徳的想像力が必要になるだろう。我々はまた語彙をもっと豊富にする必要がある。たとえば賠償という言葉は、奴隷にされた人たちの子孫、あるいは米国の差別法による公民権剥奪の世代を生きてきたアフリカ系アメリカ人にとっては、正義がどのようなものかを表現する的確な言葉かも知れないが、この言葉はアメリカンインディアンが望み、当然の権利であるものを含んでいないかも知れない。だとすれば、返還がより的確な対応かも知れないのだ。アメリカインディアン運動やより最近の＃LandBack（土地返還）運動が主張してきたように、根本的にはネイティブアメリカンに対しての正義とは、単なる金銭的支払いでは折り合うことができないものだ。土地と自治に関する米国政府の協定にある締約を遵守するという脈絡において効果を発するのだ。我々白人キリスト教徒はもはや米国の多数派を代表していない。我々にはもはや文化的・政治的優勢だけでこの国の進むべき道を決める力はない。しかし我々には、米国民主主義の将来を決定的に踏み外させるにはすでに十分過ぎるほどの力がある。もしそれ以外の道を目指したいなら、民主主義と発見の教義が両立可能であるかのように、いや過去においてさえも両立可能であったかのように、不誠実に言いつのることはできない。他者から恩恵を享受しているのに、受益者をありがたがることはできない。我々は選ばなければならない。そしてもし我々が民主主義を選びとるとしたら、断固たる少数者の告白より以上のものが必要となるだろう。悪意に満ちた文化遺産が加えてきた痛手を修復するためにすでに着手されている事業に参加することが要求されるだろう。生まれ変わろうという努力を通して、やがては共有できるアメリカの未来に通じる道が、ついには照らし出されるかも知れない。（最後まで訳しています） (12月7日) Stella McCartney Is Changing Fashion From Within 《ステラ・マッカートニーはファッション界を中から変革しようとしている》・・・① ステラ・マッカートニーはあなたの気分を損ねたくない。英国のファッションデザイナーは、我々が食べたり、買ったり、身に着けたりしている製品が、社会にとって、動物にとって、地球にとって、意図せぬ結果を伴ってやってくるような方法で簡単にすべてを圧倒してしまうことを理解している。だからたとえ彼女が、大量生産の衣服を製造する工場で労働者が苦しむ悲惨な状況や、畜産がもたらす破滅的な気候変動について話しているとしても、その目的は罪の意識を与える事ではないがないと熱心に訴える。結局のところ、できるだけ善き人であろうとするのは難しい。とりわけ私たちの多くがそうありたいと望むこと、つまりぜいたく品や現代の便利な暮らしを手放すことなく、より持続可能性のある生活を送ることだが、そんなことはとてもできないと思うとしたら。私たちは素敵に着飾りたいし、気分よくいたいと思いながらも、どうにかして善きことをなしたいと思うものだ。そこでマッカートニー（51歳）は、そんな難問をちょっとばかり容易にしようとしている。艶のあるシルバーチェーンで縁取りされた柔らかくテレっとした合成皮革のファラベラ・トートバッグで、完全菜食主義のイット・バッグを初めて創り出したマッカートニーは、倫理的な選択基準と魅力的であることは両立することを、そのキャリアを通して世界に示そうとしてきた。（訳注：It bagとは高価なデザイナー・ハンドバッグのブランドやスタイルでベストセラーになっているものをいう）2001年に自分の名前をブランド名にして以降、現代的な女性らしさを謳歌する豪奢な服を創造してきた。皮革、羽毛、毛皮などを買い控える大勢の有名人にとっては、彼女のブランドはクローゼットの必需品となっている。彼女はまたケイト・モス、マドンナ、グゥイネス・パルトローと共に現れたノーティー世代（2000-2009世代）のクールな女性として評判をとった。（2000年ボーグ・プロフィールは、問題を起こしたり怒りを買ったりする物騒な女の子と呼んだ） 20年にわたって彼女は高級ファッション界の常連であり、シャープな仕立てで、縫い目を極力少なくした、大胆な美しさを強調する服をデザインすることで知られているが、同時に環境に配慮した素材を使うことで知られている。彼女はまた先駆的存在で、ブドウから作ったレザー、森に優しいレーヨン、リサイクル可能なカシミアウールなど（これらの素材は最近の2つのコレクションの90％を占めた）、動物実験をしないサステナブルな素材のスタートアップ企業と提携している。「私が分かってもらいたいのはただ、あなたが何かを犠牲にしなくてもいいということです」と7月に彼女のロンドンのオフィスでインタビューした際に言った。「自分の選択で後ろめたい思いをする必要はありません」マッカートニーは快調なスタートを切った。動物虐待を行う企業に抗議文を書いたり、毛皮反対のロビー活動をしたり、ベジタリアンの料理本を発行したりする動物愛護活動家を両親に持つ。また音楽を愛好する両親の下に生まれた。ビートルズのレジェンド、ポール・マッカートニーと米国人写真家のリンダ（1998年没）は郊外に家を建てたが、子どもたちを彼らのグループ、ウィングズのバンドツアーにも連れて行った。「一方にはこんな農場生活があり、他方にはピカピカのブーツや魅力に満ちたステージがありました」とマッカートニーは振り返る。「子ども時代に吹き込まれたものです」彼女は自力で英国ファッション界のイコンとしての立場をうち立て、オリンピック英国選手団のユニフォームやメーガン・メルケルの結婚披露宴のドレスをデザインした。「ステラが登場する前には、贅沢と持続可能性が両立したファッションなど考えられませんでした」とコンデナストのコンテント最高責任者であり、ボーグ誌のグローバル・エディトリアル編集長のアンナ・ウィンツァーはメールで書いてきた。マッカートニーの仕事は自分のブランドの枠をどんどん越えていった。過去数年のうちに、G7や国連気候変動会議で世界の指導者たちと会談し、気候問題解決のために2億ドルのコラボＳＯＳ基金を共同設立した。持続可能性はビジネスにおける必須の課題になり、彼女のブランドはより切望されるようになった。2018年には、翌年にケリングの主要なライバルであるモエ・ヘルシー・ルイヴィトン（LVMHＬＶＭＨ）と提携するためだけに、17年間ケリングが保有していた株式の50％を買い戻した。彼女はそこで、CEOベルナール・アルノーの持続可能性に向けた特別顧問に指名された。世界的大富豪に数えられるアルノーは言った。「決定の要因は、彼女が非常に早い時期から持続可能性と倫理問題を正面に掲げてきたことだった」と言った。他の少数派の株主は利益を生まないかもしれない刷新を継続するための自由と資金を提供した。ステラの名前を冠したブランドは、2021年には4,000万ドルの損失を計上し、ケリングと別れたりパンデミックが発生した後の3年間、3,800万ドルを超える損失が続いた。今やマッカートニーは自分のコレクションにさらに環境に優しい素材を使い、市場価値でヨーロッパ最大のLVMHとコラボをし、同様の行動を起こすようにとロエベ、ディオール、ジバンシーなど他のメゾンの背中を押している。多くが持続可能性を口にするような時代にあっても、マッカートニーほど巧みに、スタイリッシュに、長期的に、持続可能性を追求し続けてきた人はほとんどいない。「私が始めたとき、間違いなく私はこの業界のエコ・フリークでした」と彼女は言う。「自分が道徳的に信じていることを譲歩して、情熱を注いでいる仕事をやろうとは思いません」ベジタリアンとして育てられたマッカートニーは、自然に親しんだ子ども時代にその起源があるという。スコットランド農村地帯の農場で乗馬をしたり、アリゾナでトレッキングをしたりした。両親は大スターだったが、ロックスターとコンサートツアーをするパーク・アベニューの生活をリンダは嫌い、20代ですでに国民的知名度を得たリバプールの労働者階級出身のポールは、地に足の着いた家庭生活をしたかった。2人は英国の富裕層が好むプライベートな教育を選ばず、4人の子どもを校区の学校に通わせた。「子どもたちは有名な両親を持つことで若干意地悪もされたが、それによって鍛えられました」とポールマッカートニー卿はソーホー広場を見下ろす彼の事務所のソファーに座って振り返る。片隅にはウーリッツァーのジュークボックスがチカチカしていて、リンダがプレゼントしたという、かつてはルネ・マグリットの所有物だった眼鏡を見せる。「自慢なんだよ」と81歳のポールは笑って言う。ポールとリンダはファッションに関しては常に「ちょっと傾いていた」とポールは言葉を足して、一緒に使っていたクローゼットからステラは小さい頃から洋服を引っ張り出しては何時間も過ごしていた、と言う。ロンドンの有名なアート・デザインを教えるセントラル・セント・マーチンを卒業してからわずか2年の1997年、26歳のマッカートニーはパリのクロエでクリエイティブディレクターとしてカール・ラアガーフェルドの後継者に指名された。「オートクチュール以上に意味不明」と当時のボーグ誌のヘッドラインに書かれた。「ビッグネームを採るべきだった」と自分の後継者をけなして言う。「確かに有名ですが、それは音楽界であってファッション界ではなかった」「ステラは自分で実力を証明しなければなりませんでした」彼女の父親は言う。「その年の終わりまでに力を示さなければ、その名前は助けにならないどころか、むしろバッシングの材料になる、と私は言いました。でも彼女はよくやりました」クロエでステラは元クラスメートのフィービー・フィロと働いたが、この2人はお嬢様ファッションで知られるフレンチイハウスに、股下が浅くてボディーラインを強調したパンツ、金の鎖がジャラジャラついたスケスケのタンクトップ、キラキラのスパンコールで飾った露出度の高い服のような、ちょっと不良っぽい感性を持ち込んだ。同時にマッカートニーは自分の価値観を大事にした。今まで彼女がデザインした服には動物由来の素材を使ったものはない。自分の信念を堅持することができるのは、ある意味で世界で最も成功したと言われる人の娘だから、ということを彼女はわかっている。「親の七光りの第一世代だから」と彼女は自嘲的に言う。「非常に恵まれた選択肢がありました。最初からこんな風に働くことを許されたのはどんなに幸運だったか、よくわかっています」『消費社会：全体的な変化の必要性：植民地主義、気候変動そして大量消費主義』の著者であるスタイリストのアジャ・バーバーは、マッカートニーが変化を起こすために自分の基盤を使ってきたやり方を称賛する。「ファッション界には特権と縁故主義がはびこっています」とアジャーは言う。「だとしたら、ステラ・マッカートニーがやっているような選択を、みんなもすればいいじゃないですか」このような選択はCEOにいつも受けがいいわけではない。「会社の成功のために自分の倫理観を変えるように強く迫られた時期がありました」とマッカートニーは言って、売り上げを伸ばすために彼女のファッション路線に皮革を採用するように説得されたことを詳しく話す。（合成皮革よりも本革の製品を好むような方針を見直すようにと、彼女は幹部たちに訴えた）しかしもしファッションが、夢やファンタジー、そして現実からの逃避であるならば、マッカートニーが言うような有害な部分をもっと考慮することは難しくなる。マッキンゼー報告によれば、2018年にはファッション産業は20億トンを超える温室効果ガスを放出しているが、その量は英国、フランス、ドイツを合わせた放出量に匹敵する。生産されてから1年以内で、衣料品のおよそ60％がゴミ埋め立て地や焼却炉に行きつく。この量は、毎秒トラック１台分の古着が、捨てられたり燃やされたりしていることになる。安価で手に入りやすいファストファッションは環境悪化への影響が大きいが、贅沢なブランド品も例外ではない。2017年には、バーバリーがその孤高性を保つために金額にして3,700万ドルの在庫商品を破棄したことで評判を落とした（それ以降はそんな慣行は取りやめた）。毎年、高級ファッション業界が依拠している世界の皮革製造業は、10億以上の動物を賭殺しているし、皮なめし工場では労働者が有毒な化学物質に曝されている。「それが魅惑的なファッション産業なのです」動物虐待への懸念は常に念頭にあったが、家畜生産は全世界の輸送部門よりも温暖化ガス放出に責任があるとする2006年国連報告が発行されたあと、マッカートニーの目線はさらに広がった。それに対応してマッカートニーは、父と姉のメアリーと組んで英国で「食肉を食べない月曜日キャンペーン」を始め、国民に1週間の中で食肉を食べない日を決めようと呼びかけ、自分のファッション路線をより持続可能にする方法を模索した。倫理観で人々を責め立てるのではなく、より良い倫理的代用品を提供しようとするステラの戦略は、菜食主義ビジネスを成功させた母親から学んだものだ、とポールは言う。「ステラがそうであるように、リンダは先駆者で、強くて、そして大胆でした」と彼は言う。「もちろん難しいです。でもステラは案外難しくないことを証明しています」ウエストロンドンにあるステラ・マッカートニーの事務所の明るく白いロビーでは、3月のパリファッション・ウィークで広く好評だったショーのフィルムが繰り返し上映されている。彼女の冬コレクションの衣装をまとったモデルの傍をグレイの駁毛の馬たちがゆっくりと駆けている。モフモフのコート、格子柄のブレザー、シャープな仕立てのジャケット、アシメトリーなデザインのしなやかなドレス。モデルは腿まであるブーツを大胆に履きこなし、ハンドバッグを抱えている。見た目にはわからないが、それらの素材は、ブドウやリンゴなど植物由来の素材で作られている。ビーガンファッションは動物を傷つけないかもしれないが、地球を傷つけうる。ほとんどのビーガンレザーはポリウレタン（PU）やポリ塩化ビニル（PVC）から作られ、マイクロプラスチックを環境にまき散らす。マッカートニーのチームはスタートアップ企業と緊密に連携して、そのような影響を最小限にするために皮革の品質と耐久性に匹敵するグリーンな代替品を見つけたいと思っている。それは想像を超えるほど複雑で、費用がかかり、長い過程が必要だ。チームはそれぞれの新素材の材質見本をテストし、感触、臭い、擦れや亀裂に対する強さを調べる。次にハンドバッグの試作品を作り、色持ちや耐久性を試す。フィードバックは専門家に送られて、何か月、何年もかけて同じ素材を改良する。そんな仕事の重要な部分は、自分たちが必要とするものをファッション産業に疎い科学者に上手く伝えることだ、とマッカートニーは言う。「優美な線がでるか、通気性はあるか、こんな風に製品テストする必要があることはわかっています」と彼女は言う。「たとえば、色がマッチしていないこともあるし、素材がひび割れすることもあります」2022年3月にステラ・マッカートニーのチームが、ミラム（Mirum：プラスティックを使わず、植物由来の原料を使い、100％再生可能な皮革の代替え素材）を制作するNFWと始めて会ったとき、その素材はあまりに分厚くて、型がかっしりした硬質のバッグ以外には使いようがなかった。しかし彼らとの協働作業を通して、より薄くて柔軟性のある素材も可能になった。このような協働は、まだ設立して間もない成長過程にある企業と行われることが多く、広く知れ渡るにはおそらく何年もかかるだろう。またたとえこの過程をすべて終えたとしても、100％持続可能なものを完成させるのは難しい。ミラムのようなものは特例であり、生物由来の合成皮革は引っ掻き傷を防止するためにポリウレタンでコーティングする必要があるのだ。（12月7日は⑤'まで読みました） Inside the Controversy Over the National Museum of the American Latino （11月16日） ≪ラテン系市民のための国立博物館をめぐる論争≫・板挟みになったのはスミソニアン博物館責任者だ。次の展示プレビューの中心をなぜラティノ青年運動からサルサに変更したのかと質問されて、スミソニアン・ラティノ博物館館長ジョージ・ザマニロは、音楽に関する展示の方が「幅広い人々にアピールする」からだと言った。「考える必要があるのです。将来の博物館の展示スペースは10万平方フィート以上になるでしょう。どうやってそこを埋めればいいのでしょう。幅広い関心を集めるにはどんな物語を語ればいいのでしょう」9月14日のタイム誌の電話インタビューでザマニロは言った。アメリカの歴史をどのように教えるかについてのさらに大きな文化的衝突が、たとえ世界最大の有名なスミソニアン博物館であったとしても、展示内容にどのように影響を与えるかをこの論争は示している。ヒスパニック遺産月間が9月15日に始まったとき、ラティノ博物館をめぐるこの争いは、アメリカン・ラティノ（非ヒスパニック系白人市民の次に大きな人種的・民族的集団）の歴史が世界の人々にいかに語られるべきかについての論争に火をつけた。ラティノは抑圧の犠牲者として描かれるべきではない、と保守派活動家たちは頑なに主張し、一方の自由主義的な歴史家たちは、差別に対するラティノの闘いはその歴史において不可欠の要素だと信じている。「ここにある悲劇と真実の歴史は」とベイラー大学歴史学教授ヒノホサは言う。「ラティノ史の将来を誰が担っていくのかに関わるのです」議会が女性史博物館を認可した2020年12月に、同時にラティノ史博物館の建設を正式に決定した。予算案によれば、その博物館の基金の50％は連邦政府から出る予定だ。残る50％は募金で集めようと博物館は努力しているが、その額は少なくとも5億ドルに上り、民間セクターおよび市民からの基金で賄われる、とザマニロは言う。スミソニアンはラティノ歴史博物館のためにワシントンDCにすでに2つの候補地を見つけていて、その1つは幾つかの国立モニュメントがあるタイダル・ベイシン、もう1つは国立アフリカン・アメリカン歴史文化博物館からナショナルモールで隔てた場所だ。しかし建設を始めるためにスミソニアンはもう一つの議会承認を必要とし、自前の建物でオープンするまでにまだ10年から12年かかる、と博物館の代弁者は言っている。それまでの間はラティノ博物館の展示場所を確保して、建設計画に対する関心を鼓舞する。そのスペースは4500平方フィートの国立アメリカ歴史博物館のモリナファミリー・ラティノギャラリーだ。「¡プレゼンテ！アメリカン・ラティノの歴史」は2020年6月から展示されているが、国立アメリカン・ラティノ博物館が完成した暁にはどんな風になるのかを予告、宣伝している。「モリナファミリー・ラティノギャラリーは国立アメリカン・ラティノ博物館にお目見えする展示物の第一弾です」と2020年6月14日の「¡プレゼンテ！」オープニングセレモニーの挨拶でザマニロは話し、ギャラリーは将来の博物館の姿を来館者に見せていると説明した。その舞台裏では、フェルナンデスとヒノホサが「¡プレゼンテ！」が2025年に終了した後でモリナ・ギャラリーで展示されるはずだったラティノ市民権運動の歴史と青年運動を準備していた。しかし彼らが計算に入れていなかったのは展示の将来、そしておそらくは博物館そのものの将来が「¡プレゼンテ！」に対する反響次第だということだった。そしてアメリカ政府の一定の影響力を持つところでは「¡プレゼンテ！」はいい評価を得ていなかった。昨年夏に「¡プレゼンテ！」が始まった直後、The Hill紙が社説面の投稿欄に3人の保守系時事評論家の意見を掲載し、その見出しは「スミソニアンのラティノ展示は恥さらし」だった。3人の筆者はアグイラ、そしてテキサス公衆政策協会代表でジョージW・ブッシュ元大統領政権で働いていたジョシュア・トレビーノと保守系シンクタンクのヘリテージ財団研究員マイク・ゴンザレスだ。バージニア州に最初に到着したのはアフリカの人たちだったことを指摘して、アメリカ建国の歴史を捉えなおすことを目指すニューヨークタイムズ紙の1619プロジェクトに、ある意味で直対応したドナルド・トランプが任命した1776委員会にこの財団は所属している。この投稿者が言うには、もしモリナ・ギャラリーの展示物が、国立アメリカン・ラティノ博物館の将来の姿をいくらかでも示しているとすれば、それは「歴史、宗教そして経済に対するマルクス主義的な考え方を臆面もなく晒している」ことだそうだ。「そんな展示物に何か取り柄があるとすれば、それはなぜアメリカン・ラティノ博物館に資金を出してはいけないか、を明確にしていることだ」と書いている。ヒル紙に記事が掲載されたあと、現職の国会議員や元国会議員から多くの抗議電話がザマニロにかかってくるようになった、と論争中の件について意見を述べることは許されていないという理由で、名前を伏せた上であるスミソニアン職員は言った。博物館の上級広報担当官デビッド・コロナドは、ザマニロがそんな電話を受けていることを否定した。ヒル紙への投稿記事から数ヶ月間、館長は何ら大きな変更を求めなかった。しかしその後数週間経つと、将来のモリナ・ギャラリー展示ではアメリカ史の明るいテーマを強調し、闘争的な人物や論争的な問題を回避するようにという博物館上層部からの圧力を、フェルナンデスとヒノホサは感じ始めた。「この国にやってきて、チャンスをつかみ、成功し、そして上手くアメリカ社会に溶け込んだというような、単純なアメリカ移民物語にして欲しいのです。ニューヨークで起きた自由の女神の頭上にプエルトリコの国旗を翻したような事件ではなく」とヒノホサは言う。 2022年11月28日にフェルナンデスとヒノホサはザマニロからメールを受け取り、この展示は保留になったと知らされた。フェルナンデスとヒノホサは、ラティノ市民権運動史の展示の一体何がこんな決定の原因になったのか、まったく検討がつかなかったと言うが、アメリカ民主主義が資本主義体制の下で暮らす国民のニーズにどれほど上手く合致していたのだろうか、と疑問を投げかけた1960年代の様々なカウンターカルチャー組織を主要な内容にしようと計画していたからだと考えている。展示が焦点を当てようとしている重要な出来事の中には、ヤングロード（Young Lords）と呼ばれるプエルトリコ人活動家たちが起草した患者権利法案（ヤングロードは1968年に2万人のヒスパニック系学生が学校での差別に抗議して授業をボイコットした運動）や、ブラウンv.教育委員会訴訟（学校隔離政策廃止をめぐる画期的な米国最高裁判決）に先だってラテン系5家族が起こした訴訟が含まれている。そのような歴史的事件にも通じる今日的な問題を展示する一画も含めようと準備していた。それは最近の移民を代弁するラティノ活動家たちや、2017年にプエルトリコを襲って壊滅的にしたハリケーン・マリアの後で起こった環境保護運動などだ。しかし学者たちは、説明を得ようとザマニロに連絡をとろうとしたができなかった。メールを受け取った翌週の12月8日、ザマニロ、キュレイター、博物館スタッフと一緒に、リモートで開催されたタウンホール・ミーティングに彼らは参加した。電話で話した複数の人たちによると、ザマニロは参加者に、ラティノの歴史を啓発するのと同じほど、歴史博物館のための資金集めに、モリナ・ギャラリーの展示物は重要だ、と語ったという。ヒノホサはその話の内容をタイム誌に説明する。「彼の言葉から我々が直に感じたことは、これは資金集めに関わる問題であり、私たちがやろうとしている展示内容では10年間運営し続けるために博物館が必要とする基金は集まらない、つまりそういうことなのです」国立アメリカ歴史博物館は複雑な歴史を見せる場所ではない、とザマニロは強調した、と電話の人たちは言った。発展する開かれた博物館を求めて、彼らが様々な分野の人たちの間を調停していることは、博物館当局や諮問委員も認めている。9月14日にザマニロは「一番に優先すべきは資金集めです」とタイム誌に話した。棚上げになった展示についてザマニロは話す。「語るべき大事な歴史だということはわかっていますが、同時に幅広い人たちに見てほしいのです」展示に関する決定は政治的懸念に影響されていることをコロナドは否定する。しかしこの過程に関わっていた他の人たちは、政治が関係していたと言う。「政治的圧力がかかっていたと聞いています」とマシュー・ガルシアは言う。彼は博物館の展示内容に対して歴史的検証を行う学者グループであるスミソニアン・アメリカ・ラティノ博物館のための学術諮問委員会の上級委員だ。「¡プレゼンテ！展示」に関係する保守派キューバ系政治家たちからの圧力が青年運動の展示を取りやめる1つの要因になった、と確信するスミソニアン職員もいる。「これは米国のラティノ史が誰によって語られるべきかを、極右のキューバ人たちが決めている事例です」とバルッチ大学歴史学准教授フェルナンデスは言う。下院歳出委員会に籍を置くダイアス-バラートはキューバ系アメリカ人の共和党政治家で、国立アメリカカン・ラティノ博物館を公然と批判している1人だ。国立アメリカン・ラティノ博物館が現在展示している内容を見て「腹立たしい」と彼は言った。2025年モリナ・ギャラリー展示内容の変更については何も関係していない、と彼の代弁者はタイム誌に行った。 2022年11月28日から2023年7月までの間は何事もなく過ぎた。しかしその後議会が博物館の年間予算の討議に入り、博物館そのものの運命が危険にさらされた。米下院歳出委員会で通過したスミソニアンに基金を拠出する2024年度歳出案では、「この条例は国立アメリカン・ラティノ博物館の計画、企画および建設を対象としない」となっていた。スミソニアン当局者は議員を宥めようと即行動し、展示内容の検討過程に対する修正に同意した。2023年7月27日、ダイアス-バラートと、彼と共に議会ヒスパニック会議の共同議長を務めるトニー・ゴンザレスの共同声明を発表して、博物館の展示内容の検討過程における変更はスミソニアン博物館長ロニー・バンチが同席する会議で決定された、と言った。具体的にどんな変更に同意したのかコロナドは明言しなかった。スミソニアン職員はタイム誌に、モリナ・ギャラリーの展示物のラベルは張り替えられつつある、と話した。コメントを要請したがバンチからの回答はなかった。スミソニアン上層部が何をやったかは知らないが、博物館は資金を得られるだろう、とダイアズ-バラートがタイム誌に言ったところを見ると、それが功を奏したようだ。下院共和党全体としては安堵したかもしれないが、一部の中傷者たちはそうではなかった。アグイラー、ゴンザレス、そしてトレビノは2023年9月5日のヒル紙投稿論説に「スミソニアンのマルクス主義的ラティノ博物館に納税者の資金を出してはならない」という見出しを掲げた二度目の呼びかけを掲載し、博物館への資金停止を繰り返し呼びかけた。彼らはモリナ・ギャラリーの展示を「怒りを増幅するもの」と呼び、「市民を抑圧者と被抑圧者に、白人至上主義者とその犠牲者に分断するような教条主義であり、マルクス主義者の常套手段そのものだと論じている。「¡プレゼンテ！がヒスパニック系市民に抑圧された犠牲者の役割を演じさせたとしても、誰も驚いたりはしないだろう」と主張した。 2020年ジョージ・フロイド殺害の2週間後にスミソニアンのホームページに掲載された「アメリカの人種差別を理解するための事例158」を例に引きながら、他のスミソニアン展示物も左翼思想に偏っているとして、米国におけるラティノの歴史に対してスミソニアンが中立的立場で運営することを、この記事の投稿者たちは信じていない。「私の名字を見ただけで、私が米国に対する怒りを持っているはずだと左翼の連中が決めつける『怒り』を、¡プレゼンテ！展示は過度に強調している。これは茶番です。納税者の金が母国に反対するプロジェクトに使われようとしている、こんなことは茶番です」とゴンザレスはタイム誌に話した。国立アメリカン・ラティノ博物館に賛同する人たちは、ヒスパニック遺産月間を利用して博物館建設を立法化する努力を続けるだろう。先週、活動家やラティノの芸術家たちは、ケネディセンターでのヒスパニック遺産賞を機にワシントンD.C.を訪れて、ラティノ博物館推進者を代表する非営利団体「国立アメリカン・ラティノ博物館の友（Friends of the National Museum of the American Latino）」を伴って、上院院内総務チャック・シューマーの事務局と面談した。フェルナンデスやヒノホサが取り組んでいる彼らの歴史観からするラティノ市民権運動史は、2027年に国立アメリカ歴史博物館のどこかで展示される予定になっているが、展示場所は国立アメリカン・ラティノ博物館の展示がされているモリナ・ギャラリーではない。それでもフェルナンデスとヒノホサは精根尽き果てて、博物館のためにもう何もできないと感じている。ラティノ市民権運動の古参活動家と築き挙げてきた関係は悪化し、少しの間でも展示が凍結された後では、この先に彼らの協力を得られるかどうかわからない、と2人は言う。私たちはラ・ラ・ランド（幸せなおとぎの国）に暮らしています、とラティノ史に関する国民の知識についてフェルナンデスは言う。「白人系市民、黒人系市民、ラティノ系市民が、自分がいったい何者なのか、なぜこの地にいるのか、どうやってこの地にやってきたのか、何も知らずに暮らしているのです。この国の真っ当な歴史を知ろうとすることの何がそんなに危険なのでしょうか」（11月2日）第一記事 A Surprise Attack Upends Israel and the Middle East ≪イスラエルと中東を転覆させた奇襲攻撃≫ （2023年10月8日午後4：56EDT） 10月7日に敢行された度肝を抜くようなイスラエルに対する奇襲攻撃において、明らかに意図的に頭に置いていたものは1973年の10月戦争、それはアラブ軍がちょうど50年前に敢行した壊滅的な侵攻だ（正確には10月6日）。イスラエル諜報機関がその襲来を予期できず、すべてが一転するような奇襲に気づいた最後の瞬間であり、また彼らがどんな状況にあるかを認識した決定的瞬間だった。戦争だ。もう一つのアナロジーは1968年のテト攻勢、ベトコン（訳注：南ベトナム民族解放戦線）が奇襲をかけ、ベトナム戦争の方向を変えたのだ。まさにハマスがガザから撃って出たように、旧正月の祝日の朝に攻撃をかけ、瞬時に全土での攻撃を開始した。それはゲリラ軍に予想外の力があることを見せつけた。遙かに優秀な正規軍を短期間で打ち負かし、何年も続く地上戦での抗争に対する根本的な思い込みに果敢に挑む姿を見せつけた。イスラエルにとってこのように挑まれた前提とは、パレスチナとの抗争は解決すべき問題というよりは何とか対処できるというものだ。首相ベンジャミン・ネタニヤフがテルアビブ中心街に聳え立つイスラエル国防軍参謀本部キリア合同庁舎でTVカメラに向かって、これからの闘争は「単なる作戦行動ではなく、定期的に繰り返す作戦の1つではなく、まさに戦争なのだ」と語ったとき、その前提を否定したに等しかった。 10月戦争やテト攻勢の時もそうだったが、米国や中国を初めとする世界中の政治的・軍事的指導者たちがこの戦争の行方を推し量っているように、ハマスの奇襲もまた世界中に再考せざるを得なくしている。占領状態に置かれたパレスチナ人たちが現状に甘んじることを前提にした上で、イスラエルとサウジアラビア間の望み通りの平和協定というものをこの襲撃は頓挫させ、おそらくは消滅させる。中東から注力を（訳注：インド太平洋地域へと）移したいという米国の長年の思惑を危うくし、世界列強の中東地域における力関係をリセットする。今日再び、近い将来の地政学的力学がイスラエルとパレスチナに大きくかかっていると世界は気づき始めている。通常ドローンか戦闘機で戦われるガザ民兵との一方的な短期戦は定期的に繰り返されるので、日常的にこなす我が家の「芝生の手入れ」なんだとイスラエルの官僚たちは愉快そうに言う。「芝生の手入れ」はこの対立を処理していく上で最も重要な要素であり、何十年もの間実行してきた包括的なやり方だ。この戦術は、同じ土地を必要とするパレスチナと争うユダヤ人国家イスラエルにとっては、政治的解決など存在しないことを前提にしている。自分たちにできる最良の策は相手を封じ込めることでしかない、と。ヨルダン川西岸地区では、300万のパレスチナ人が50万のユダヤ人入植者と共に暮らし、その管理はパレスチナ自治政府大統領モハムッド・アッバスに忠実な自治区内の強力な治安部隊に託されている。アブ・マゼンとも呼ばれる87歳のアッバスは、武装抵抗闘争を鎮圧すれば（それは事実上アッバスのファタハ党と対立するハマスを鎮圧することを意味する）交渉の気運を作り出し、いつかはパレスチナ国家を樹立することができる、という望みに賭けている。その賭けは未だ日の目を見ていない。 220万のパレスチナ人がひしめき合って暮らすガザ地区にはもはやユダヤ人入植者はいない。彼らは2005年にイスラエル軍と共に出て行った。それから後のほとんどの期間、この飛び地ガザはイスラム抵抗運動ハマスに支配され、イスラエルによって封鎖されてきた。ヨルダン川西岸地区と同様に、イスラエルがガザの電力供給、電話回線、インフラ、そしてその経済のほとんどを支配してきたが、その統制はより過酷になってきた。貧困は蔓延し、若者たちにこの地を去る選択肢はない。イスラエルの治安はそのほとんどをフェンスと壁に頼っているが、2014年にハマスのゲリラ部隊がその下にトンネルを造っていて、10月7日朝にはそこを突破してパラグライダーを飛来させた。その後に続いた光景は、中東最強の軍隊のみならず、すでにイスラエル人の心の奥に溜まりのように取り憑いていたトラウマを再び焼き付けた。地獄と化した安息日の朝、すべてが打ちのめされた。イスラエル治安の要であるイスラエル国防軍、平時はイスラエル市民の楯であるアイアンドームミサイル、そして何百人もの若者が夜を徹して砂漠のドンチャン騒ぎを楽しんでいたように、治安に対する過度の安心感、そんなところにパラグライダーが着弾して火を噴いた。饗宴の現場にいて恐怖に駆られた若者の何人かは、約100人（ママ）の老若イスラエル市民や外国人と一緒に捉えられ、捕虜としてガザに連れていかれた。死体も含んだ誘拐は、イスラエルが直面する非対称戦における奇襲攻撃の定石であり、人質交換を有利に進めるテコとなる。市民の死と同様に、誘拐はまたイスラエル人の同情を確実に呼び起こし、それに対する反応が広い範囲に拡がることは間違いない。ネタニヤフはガザを「瓦礫」に変えると誓ったが、多くのイスラエル人捕虜が爆撃地にいるのにどうやって行うのだろうか。 10月7日、暗闇に包まれた頃にイスラエル軍は南に戦車を配置し、爆撃を開始するので建物から退去するようにと警告するイスラエル軍からのメッセージに、ガザにいるパレスチナ人の携帯は忙しくなり続けた。最高裁の権限を削ごうとするネタニヤフの策動によって分裂していたイスラエル社会は、即座に団結した。しかしその感覚は今までに経験したことがないものだった。いつかあった出来事を思い出そうとする人もいたが、それは1973年の中東戦争でもなく、1968年のテト攻勢でもなかった。それは9.11攻撃に際して抱いた感覚だった。まさに9.11の瞬間に多くのものが変化したのだ。（第二記事） Inside the Controversy Over the National Museum of the American Latino ≪ラテン系市民のための国立博物館をめぐる論争≫ ＜ラティノ国立博物館はまだ建物もできていないが、そのプロジェクトに関してすでに賛否の意見が沸騰する＞（2023年9月15日午前7時EDT）過去2年間、新しい博物館を予想するのに役立つと思われるラティノ（ラテンアメリカ系米国市民）青年運動の歴史の展示に向けて歴史家グループは活動してきた。この展示はこれまでで最大の連邦予算がつけられたラティノ市民人権運動のスミソニアン展示物になるはずで、国内トップ級といわれる歴史家や専門家の協力を得ている。学生のボイコット運動や統合式学校教育の取り組み、環境運動や移民活動を目玉にする予定だった。しかし民間部門や保守系ラティノ議員からの反対が沸き起こったあと、その展示は保留になっている。サルサやラテン音楽の新しい展示企画はその場所で進行中だ、とスミソニアンはタイム誌に明言した。そのゴタゴタは、ラティノの歴史に捧げられる博物館で、誰にそれを語る資格があるのかを決定するだろうさらに大きな対立の一部だ。博物館の存立そのものが危うくなっている。一方にはジョアンナ・フェルナンデスやフェリペ・ヒノホサという自由主義的歴史家がいて、他方にはこの夏に博物館建設への予算打ち切りに賛成票を投じたフロリダ州出身キューバ系議員マリオ・ディアズ・バラートがいる。「もし保守派の連中が文化戦争を真剣に考えているとしたら、必ずやこの博物館への予算を打ち切るでしょう」と「保守的原則のためのラティノ連携」代表アルフォンソ・アグイラーは言う。（11月2日は②’まで読みました）（10月19日） Inside Barbados' Historic Push for Slavery Reparations 《バルバドスでの奴隷化賠償請求における歴史的進展》・・・② 「黒人に関するすべての世界、アフリカに関するすべての世界から人々を遠ざけるためにあらゆる手立てがなされたのです」とフィリップスは言う。「そして黒人自身ですら、できるだけプランテーションから遠ざかりたいと思っていたのですが、その気持ちは理解できます」ところがおよそ7年前に、彼女はバルバドスのケイブヒルにある西インド大学の歴史の授業に参加した。奴隷にされた約45万人がバルバドス島に連れてこられた。島に到着した時に生存していたのは、この中の約35万5千人だった。1838年に解放されたとき、彼らの約8万3千人とその子孫が生き残っていた。ここドラックスホールとジャマイカだけで3万人もの奴隷が死亡していることをベックルズは彼の調査で知った。フィリップスは心のどこかで驚愕した。また心の心のどこかでは別の記憶があり、奴隷だった曾祖母について祖母が話してくれたことだった。その女性は「反抗的な女性」だと言われ、何度も逃亡を繰り返し、そのせいで何度も売り飛ばされたという。この肌の黒い女性は薄黒い皮膚の赤ん坊の母親で、よくその子をおぶっていたと言う。「なぜそんな子が生まれたのか不思議に思うでしょうね」とフィリップスは言う。「まったく不思議じゃありませんよ。レイプは一般的でしたから」自分がどれほどわかっていなかったのか、どれほどの事実が隠されていたのかをフィリップスは気づいた。祖先たちの遺骨がドラックスホールや他の農園のどこに埋葬されているのかを彼女は考え始めた。死臭が漂うのを避けるために屋敷の西側に埋められているらしいということだけはわかった、と彼女は言う。そしてそれ以上のことは、ドラックスホールの記録にアクセスすることなしにはわからない。1970年のH.W.ドラックスによる「無期限ローン」についてのバルバドス古文書に幾分は記録されているものもあれば、1600年代に遡る遺書や権利証書の公文書記録台帳の中に残っているものもあるが、国立古文書の記録が示唆しているところによると、「抜粋」は時として英国へと移管されている。2017年に亡くなったリチャード・ドラックスの父は、これらの記録の多くは火災で喪失した、とパーカーに言った。フィリップスは現在英国にいる。彼女はそこで朗読会に参加したり、考えを深めたり、カリブ諸国で奴隷にされた女性たちの人生について調査したりして数ヶ月を過ごすつもりだ。このような活動は彼女の祖先たちの姿を描く詩にすでに結実していて、彼女の詩の中に描かれている女性たちが「彼らの沈黙を私の中に蘇らせ」―「自由に、誰にも邪魔されることのない新しい世界へと解き放ち、強制労働の足かせもなく、もて遊ばれることもなく、白人の優位性や利益を求める世界の趣向に惑わされることなく、未来の少女たちを歩ませよ」と祈りながら、様々な思いが込めてなされた選択こそが彼らの沈黙なのだ。このような経過があってこそ、数ヶ月前に開催したフィリップスの朗読会でミア・モットレイが突如として立ち上がり、衝撃を受けた聴視者の数分間の沈黙を破って、フィリップスの作品には人々が傾聴すべき真実が満ちている、と宣言したのだった。レーガン政権時に在米バルバドス大使を務め、バルバドス島社会史編纂者でもあるピーター・ローリーに、賠償請求への支持が大きくなってきた時期を尋ねると、1838年の解放後すぐだ、と彼は答えた。その後に、バルバドスの島民が第一次世界大戦から帰還したり、パナマ運河建設の労働から帰郷したとき、白人だけが権力を握る当時の社会構造を変えようという考えを持ち帰った。それでも1959年代まで、カリブ諸国を研究する部外者は、バルバドスはこのあたりで「最も悪辣な人種差別がある地域だ」と書いている。人員募集の広告にはしばしば「肌つや良し」という要件が書かれていたが、それは白人を意味した、とローリーは言う。「それはニキビ面はダメ、ということではありませんでした」やがて勢いがでてきた、とケイブヒルにある西インド諸島大学で歴史を教えているロドニー・ウォレルは言う。1900年代初頭の汎アフリカ的運動は1930年に台頭してきた労働運動に道を譲った。1966年の独立、1970年代の黒人解放運動、そしてラスタファリ思想の広がりなどがバルバドス島の運動の盛り上がりを鼓舞した。2020年に起きたジョージ・フロイドの死と抗議は他の変化を促した。その中の主たる変化：2021年にバルバドスが共和国になったこと。（その式典でリアーナが国民的英雄に指名された）現在の運動に活力を与えたのは、権力の地位を手に入れた人たちだった。2018年にバルバドス史上で最大の票差をつけて首相に選出されたモットレイ（57歳）は、バルバドス初の女性指導者で、まったく共通点がないように思える事象を結びつけることに長けていることを証明した。何世紀もの間、中南米で生産された原材料がヨーロッパへと出荷され、白人たちをより裕福にし、にわか成金を生み出し、少なくとも恒常的に白人に仕事を与えた。そのような富はヨーロッパの産業やインフラを築き、産業革命のエネルギーになった。その結果繁栄した経済は、今カリブ諸国を滅亡の危機に追いやっている温室効果ガスの大きな部分を放出した。怒りは沸騰している、とモットレイは警告する。世界の団体が送り込むどのような援助も、彼女に言わせれば馬鹿げた略奪的な条件をつけてやってきた。今年のニューヨークの集会でモットレイが述べたのは、400％の利率による貸付、そしてグローバルサウスの指導者たちが国際会議などでより重要とみなされる閣僚だけが常に簡単に紹介されるにとどまる、というやり方だ。モットレイは、私の父のお気に入り映画「ドアの傍にいる亡霊（The Spook Who Sat by the Door）」を思わせるこの島の人物の1人だ。この映画の中では、高等教育を受けた社会機構の守護者で、CIAの訓練プログラムに参加したが、それを止めた後で自分が学んだものを革命推進のために使うという若いアフリカ系米国市民として描かれている。ロンドンスクール・オブ・エコノミックスの法学部を卒業したモントレイは、ドラックスの子孫から寄贈された土地にある入学試験が必要な有名公立校クウィーンズ大学の誇り高いヨーロッパ協会から彼女の人生を始めた。このような人たちの中にいるもう１人の人物は歴史家のベックルズで、カリコム賠償委員会の議長を務め、現在西インド諸島大学の副総長をしている。ガイ・へウィットは1臆ポンドを管理する英国協会人種的平等イニシアティブの代表で、彼もまたバルバドス生まれだ。そしてバルバドスのイートン校と呼ばれるハリソン大学短大に通ったデビッド・コミッショングは、政府の賠償に対する姿勢を強化するために2012年から活動するバルバドス賠償請求全国特別委員会の副委員長を務める。「私の人生をこの活動に捧げてきました」と26歳という最年少でバルバドス議会上院議員になった弁護士コミッショングは言う。しかし2015年に元首相フロウンデル・スチュアートが賠償請求への支持を表明して、この運動に「まったく新しい社会的地位」を与えたとき何かが変化した。「私たちが始めたときには、賠償から何か得られると信じる人は多くありませんでした」と現在63歳のコミッショングは言う。「多くの人たちは、賠償請求は汚い金銭尽くの行為だと考えていました」英国俳優ベネディクト・カンバーバッチに賠償を求める計画を報道した記事について尋ねた。カンバーバッチの一族は約200年間セントニコラス・アビィーや砂糖とラムのプランテーションを経営していた。（カンバーバッチの代理人は彼はコメントできる立場にないと言った）コミッショングは記事は間違っていると言う。今バルバドスがとっている行動はカリコム計画に限定されるだろうと言う。リチャード・ドラックスがこの地で砂糖農園を経営していることを考えると、1640年頃にジェームズ・ドラックスが始めたものと事業は直接関係しており、彼はこの問題に関与すべきだと国家特別委員会は信じている。裕福な個人からの賠償は今までに存在した。英国貴族やその他多くの人たちが４月に結成した「奴隷制の継承者たち」運動は、自分たちの家族が奴隷制度から利益を得て、奴隷解放に伴って英国政府から多額の保証金を手に入れたのだとして、自主的賠償と称するものを責任を持って支払い、英国王も同じように考えることを促した。「私たちの世代、あるいは前の世代に、私たちの一族が奴隷貿易に関与していたとは思いもよりませんでした」と創設者の1人ローラ・トレベリアンは言う。「本当にショックでした」奴隷制度はおぞましいものであり、心からの謝罪が必要であり、この2つがないままでは和解は不可能だという認識を彼女は共有している。マンハッタン島が大通りに伸びる格子で知られるように、バルバドス島ではプランテーションが同じような意味を持つ。ブリッジタウンでは、かつて奴隷小屋があった場所を示す銘板が銀行の外壁にかけられている。砂糖精製機の煙突や風車が郊外のあちこちに点在する。意識されているかどうかに関わらず、今もあちこちに過去が存在する。ドラックスホールのちょうど南側で、カイル・ブラックメンがサツマイモの作付けをする労働者を監視している場面に出くわしたとき、それを思い起こした。ブラックメン（30歳）にとっては監督の仕事は1つの選択肢でしかない。彼は常に外の仕事や科学を好む。しかし他の大勢にとっては生きる上で定められた運命なのだ。1人の労働者が私の同僚の写真家に、写真を撮らせたら幾ら払うかと尋ねた。米国のジャーナリズムでは写真に金銭を支払うことは禁じられていると彼が説明すると、彼女は立ち去った。農作業員の週給は400バルバドス・ドル（200米ドル）だとブラックメンは言う。ここは圧倒的にバジャン（白人バルバドス人）とも呼ばれるバルバドス人が私企業を独占する島である。パンデミックのせいで査定が遅れたが、2016年にバルバドスのギニ係数（所得分布を示す指標）はカリブ諸国東部の中で最大の格差を示し、米国の格差よりもほぼ7ポイント高く、英国よりも14ポイント近く高い。糖尿病や高血圧は一般的で、主要幹線道路のあちこちに予防対策を書いた看板がある。中南米全体における黒人にこれらの疾病が偏在しているのは、食事と生活習慣によるものだと専門家は以前から指摘しており、抑圧が肉体に及ぼす影響、トラウマが後の世代に及ぼす影響、奴隷が摂取可能だった食事、先の世代が曝された農薬やその他の化学物質など、他の要因の可能性を現在も調査している。私はブラックメンに彼の家系について尋ねた。「我々の中でこの土地と特別な関係を持っていない人がいるでしょうか」と私の眼をじっと見て彼は言う。賠償を請求しようという考えは間違っていないとブラックメンは言うが、賠償がこの土地に住む人々の生活を変えるだろうか。「正直言って、英国が何かを支払うなんて疑問ですね」と彼は言う。「でも、もし何らかの成果があったとしても、そこから何かを見出す人がいるでしょうか」彼が抱く疑問は皆に共通しているが、賠償請求に対する支持は、少なくとも原則については、広く浸透しているので、反対を探すのは難しいほどだ。羊を育てる酪農家のリチャード・ホードはNation Newspaperの白人バルバドス人のコラムニストで、賠償請求に反対意見を書いている人物だが、私が彼に連絡をとってみると、その言い方は必ずしも正確ではないと言う。彼は賠償には問題を感じないと言う。なぜこの地での奴隷制度が賠償に値して、ローマ帝国がヨーロッパのほぼ全土とアフリカ北部を征服したことについてはそうでないのか、と彼は単純な疑問を呈する。だとしたら年季奉公で苦しんだ白人たちは何を請求するのか。個々人に対して要求する「魔女狩り」のようなものに彼は反対する。そして奴隷制度の賠償に対する白人からの反対が流布している北米でよく耳にする考えを、彼は共有している。「ほとんどのスポーツで白人を圧倒する強くて頑強で健康な黒人の友人と学校に通いましたが、彼は学業もよくできたし、肌が黒いからと言って劣等感などまったく持っていませんでした」と彼はメールで書いてきた。「バルバドスはそれを享受する人たちに機会を与えるのです。1818年のような時代でさえ、ロンドン・ボーン（黒人の奴隷解放論者）は奴隷の身分から自由を勝ち取り、裕福な実業家になり、2つの農園を所有しました。・・・東インドからこの島に無一文でやってきた人たちは、言葉も理解できないまま、スーツケースから小型バンまで売りました。今ではその人たちはますます繁盛した事業主で、愛すべき家庭を持ち、豊かな市民の一人です」バルバドスは「黒人の国」だと言い、今生きている人たちは解放前にも、その直後にも誰もどんな影響も受けていない、と反論する。多くの学者あるいは弁護士が反論する。2月にズームで開催された米国国際法学会の「国際法の下における賠償問題」についてのシンポジウムで、ジャマイカ出身でロンドンで教育を受けた国際司法裁判所判事の１人パトリック・ロビンソンは、奴隷制度に対する賠償請求の法的根拠に合理性はある、と発言した。人道に対する犯罪が行われた場合、あるいはいずれかの段階において国際法に違反するような慣行、制度、あるいは行事を国家が行ったり許可したりした場合には、当然にも賠償されるべきであると言った。この両者ともに条件が敵うにはおそらく議論の余地はあるだろうが、大西洋を跨いだ奴隷貿易と、アメリカ大陸における約400年間の奴隷労働によって目的意識的に作り出された行為と結果を鑑みれば、後者には確実に適合する、とロビンソンは言う。彼は旧ユーゴスラビアのための国連国際刑事裁判を指揮した。人道に対する犯罪という概念は、第二次大戦終結後にナチの残虐行為を裁いた時に初めて国際法の中に確立された。そうはいっても、人道とか生まれながらに有する権利という概念は、ほとんど有史以来あったものだ、と彼は言う。公正で人智に富んだすべての人たちが人道と倫理に反すると考えて、1815年にウィーン会議でなされた環大西洋奴隷売買廃止の合意に多くのヨーロッパ政府は批准した。時すでに約300年が経過した1807年、奴隷貿易は英国領土でやっと終結したが、奴隷制度とそれに基づく営利活動は何十年も続いた。アフリカ人は人権に値しないというような不埒な考えが、奴隷解放後も人種的に限定した政策や慣行を勢いづかせたので、少なくとも奴隷制度が廃止された後の一定期間は賠償の主要条件を満たしている、とロビンソンは言う。英国、フランス、ポルトガル、スペイン、オランダ、スウェーデン、デンマーク、アメリカ合衆国は、奴隷にされたアフリカの人たちの子孫に対して十分な賠償を行う国際的義務を負う、とロビンソンは言う。英国およびほとんどのヨーロッパ諸国は、国際司法裁判所と国際刑事裁判所の決定に従う義務を負う。（国際司法裁判所が米国にニカラグアに対する賠償義務を決定したとき、米国はそこから脱退し、国際刑事裁判所の協定を米国は批准していない）賠償金額を算定するために、ボストンに事務所を置く経済コンサルタント会社ブラトル・グループのコラム・バセロンとアルベルト・バーガスに依頼した。彼らは控えめの概算をしたが、精神的ダメージのような損失は数字で表すことができない、と記している。世界の総額賠償金額は101兆4,000億ドルになる、と2人は言う。バルバドスだけでも約3兆7,900億ドルになる。（2022年の英国GDPは約2兆7,900億ドルだ）カリコムがその賠償を要求すれば一体どうなるのかは現段階では推し量れないが、デューク大学社会平等サミュエル・クックセンターのセンター長であり賠償問題の世界的権威者でもあるウィリアム・サンデー・ダリティJr.が指摘するのは、カリブ諸国の状況は米国のそれとは違っていることだ。米国では、黒人は自国政府に賠償を請求するだろう。カリコム諸国の場合は、圧倒的多数の市民は植民地支配や奴隷制度の下にあった。「それ故に賠償は国家から国家に対する支払いという形態になるとの考えが理に適っている」と彼は言い、第三者機関の調停の援助があれば助けになるだろうが、旧植民地緒国内部にあるのすべての反対を除去することはないだろう、と書いている。何年もの間フィリップスは賠償請求を過激であり実現しそうにないものとして、また自分たちの持てるものを基礎にして築き上げるために最善を尽くすしかない人々にとっては不必要だとして退けてきた。今彼女は揺るぎない支持者となっている。「そんなにも恐ろしいことが暴露され、未だにその売り上げ金から利益を得ているとしたら、顔を背けて『ああ、私に何の関係があるのか』などと言うことなんかできないはずです」（10月5日） Inside Barbados' Historic Push for Slavery Reparations 《バルバドスでの奴隷化賠償請求における歴史的進展》・・・① ドラックスホール農園に続く埃っぽい道に出ると、エスター・フィリップスは車を停めようと言う。73歳のフィリップスは車を降りて、大きく息を吸う。首都から8マイル、その空気からは微かにラム酒に似た香りが漂ってくる。焼かれて収穫された後の乾燥したサトウキビの残骸が道端に積まれている。このあたりが彼女が近づける限界なのだ。 4世紀近く続いてきたバルバドスのサトウキビ農園であるドラックスホールは、フィリップスが幼年時代を過ごす中にずっとあったごく日常の風景だ。すぐ近くで大きくなった彼女は、スキップしながら農園を横切って学校に通った。この場所で乳搾りをしたし、お屋敷でお嬢様（Young Missy）と呼ばれる子どもの世話をしていた親戚の人のことを聞いたのを覚えている。農園の黒人（NegroまたはN—）小屋の庭先で働く女性たちを監督していた祖父を覚えている。1650年代に建てられたドラックスホールは、北半球では最古の英国風建築様式だと言われている。奴隷にされた黒人の労働が、そしてそれからずっと後に奴隷解放されるまでの歴史の間のどこかの時点で生きていた人々が、他者を砂糖で富ませるために危険な労働を強いられた場所がここなのだ。しかしこの島で初めての桂冠詩人フィリップスは、話をしたいと電話を掛けた時のスタッフの声の様子から、今この地では自分は好ましからざる人物になったらしいと察した。またその頃に私有地を示す看板が立てられた、と彼女は言う。彼女の顕在化された怒り：2021年末にドラックスホールの正面を背景にして、イギリスのTV局のためにプランテーション・ポエムと称する詩の何編かを読み上げたのだ。無駄のない、感動的な言葉で、その詩はフィリップスが気づき始めた事実を、そして感情的な理解を模索している。ドラックスホールは言いようのない恐怖の場所だった。現在の所有者はリチャード・ドラックス、彼は英国議会の保守派議員であり、ドラックスホール直系の継承者だ。フィリップスの故郷の島は、奴隷労働による大量生産が富を生み出すために最適だとされ、その残虐で独特なやり方が他の植民地に広がった場所だ。フィリップスと同じように、この一帯に暮らす人たちはみんな、相応の補償をともなった謝罪が今なおなされていない、とますます強く主張するようになってきた。捕獲されて労働を搾取された人たちが賠償を受けるのは当然だという考えは、何世紀にもわたって奴隷にされた人たちによって議論されてきた。そんな考えは、17世紀に自由を得ようと闘う少数の人たちによって起こされた訴訟に見られる、とバルバドス生まれの歴史家で「黒人への英国の負債」の著者であるヒラリー・ベックル卿は言う。植民地アメリカの政治理論学者トマス・ペインが1775年に著したエッセイの中にも、その考えは残っている。さらに最近になると、賠償請求の支援者は単なる議論にとどまらず、その先へと踏み出している。米国内では、賠償のための2つの連邦法案が行き詰っている。このような比較的小規模の取り組みですら怒りや侮蔑を買っているものの、州、市、さらには諸団体がこの問題を推進している。2021年にイリノイ州エバンストンが先鞭をつけて、1,000万ドルの賠償プログラムを始めた。第一段階として、市の住宅価格の中央値の10％に満たない25,000ドルを、黒人の16所帯各々に持ち家支援として支給した。この取り組みはかなりの誤情報と非黒人住人に対する人種差別だという不満を引き起こした。1月にサンフランシスコ市委員会は、賠償対象市民に500万ドルの一時金支払いを命じる勧告を発表したが、直ちに反発を招いた。5月以降、カリフォルニア州全域の行政担当者がそれぞれの賠償勧告（大きな不平等を解決するための40章からなる調査結果）を発表し、かたや「社会正義のためのニュージャージー協会」は奴隷制の影響を研究するための委員会を設立し、ニューヨーク議会は同様の活動を承認した。それ以外でも、オランダは奴隷貿易に果たした役割を謝罪した。英国教会はその組織が奴隷制度から利益を得ていたやり方を特定し、人種差別を解決するために1億ポンドを充当した。英国の新国王は、文書として残っている君主国の奴隷貿易への関与を研究することに同意しているが、インド系イギリス人として初の新首相になったルシ・スナクは、賠償の求めを拒絶した。 1940年代から操業しているドラックスホールは完璧な奴隷制度による農園経営の効率性の根幹をなし、その制度は他の島々や米国南部にも輸出された。バルバドス島では、賠償は少数派の考えから誰もが口にするものになった。そしてこの島は長きにわたって植民地政策に非常に従順だったので、時として小さな英国と揶揄されもしたが（意図的に曲解されたと言う者もいた）、地域の指導的立場になった。「バルバドスはそんな国なのです」とアンティグア・バルブダ賠償支援委員会議長でカリコム賠償委員会地区副議長ドルブリーン・オマルデは言う（CARICOMカリコム=カリブ共同体は15加盟国と5準加盟自治領からなる政府間組織）。バルバドスの首相ミア・モットレイをトップとする5人の選出役員からなる「地元民虐殺と奴隷化に対する賠償を求めるカリコム首相下部委員会」は、今年欧州10ヶ国が賠償に向けての交渉を開始すべきだと要求すると思われる。約10年前、カリコムの賠償委員会が10項目の計画を策定したが、中でも、何が起きたのかの入念な調査、正式な謝罪、何世紀もの抑圧による精神的・文化的損失に対する傾聴、基盤整備・教育・医療を強化するための欧州基金の設立、債権の放棄などが特筆される。欧州諸国はこの要求を拒否したが、新たに改訂された10項目計画が来たる数ヶ月でまとめられるだろう、とオマルデは言う。今年の賠償請求は、あちこちで話されているような個人に対する支払いではなく、マーシャルプランのような公共事業への投資を求めることになるだろうし、より強い力を伴って突きつけられるだろう。初めて依頼されてから約20年が経ち、アフリカ諸国は賠償の主張を支持することに同意したし、カリコム事務局は米国の賠償を求める活動家との同盟を形成した。その書簡には、カリブ諸国のインフラや人々の暮らしを改善するための交渉を開始する時がきた、と書かれるだろう。交渉につくように勧める、でなければカリブ諸国の多くが国際法廷に訴える事になる、と書簡は告げるだろう。イギリス人に残虐な目にあわされた3人のケニヤ人の代理人として、2012年に1,400万ボンド（1,786万ドル）という和解金を勝ち取った弁護団がすでに雇用されている。「数日前に講演者がレーニンの言葉を引用するのを聴いたのですが、その言葉は私の脳裏にこびりついています」とオマルデは言って、ロシア革命の概略を説明した。「あなた方は戦いの渦中にいる。そして時には10年が何事もなく過ぎる。すると突如として、10年の間に起きるだろうようなことが一気に起きる1週間がやってくる。それがまさに今、我々がいる状況なのです。私たちにとっては、去年のほぼ1年間にそんな10年が凝縮されているのです」 14マイルｘ21マイルの島がどのようにして賠償運動を世界的に推進する議論の中心になったのかを理解するには、「砂糖王：西インド諸島の家族、腐敗、帝国、戦争」の著者マシュー・パーカーが書いているように「それが引き起こした経済的、政治的、人道的結果」から見て「比類ないほどの農業革命」だと描いている出来事の中で、バルバドスが果たした役割を知ることは役立つだろう。英国からの開拓民が1627年にバルバドスにやってきたとき、最初の移民船に乗っていたのは50人の開拓民と10人のアフリカ人奴隷で、その中の1人だったジェームス・ドラックスは島の私有地を採り決めた。パーカーが言うには、ドラックスは英国では貧しくはないが裕福でもない牧師の次男か三男で、遺産相続権は伝統的に長男にあったので、自分の力で生きていかねばならなかった。18歳の彼は強い志を抱いてバルバドスにやってきた。アフリカの人たちや彼らの子孫を独占的に使役した搾取労働で、他の穀物からサトウキビに転作した最初の植民地開拓民の1人がドラックスだった。1640年代初旬にドラックスが農園を始めてから数年で、彼ら開拓民は大量の砂糖を生産し、砂糖革命と呼ばれる時代が始まった。「砂糖価格が非常に高額な時期にバルバドスが始めてそこに手をつけたのです」とパーカーは説明する。他の島々が後に続いた。莫大な利益が故に世界初の奴隷法を喚起し、1661年にバルバドスで制定された。その法律は黒人と白人の生活上の権利と制限の概要を規定し、誰がどんな権利を有するかという、今日でも流布している考え方の枠組みができあがった、とバルバドス博物館副館長であり歴史学会のケビン・ファーマーは言う。利潤は非常に大きかったので、バルバドスの開拓民は英国東インド会社の投資家の中にランク付けされていた。18世紀になって、バルバドスの農園貴族の観点からいかにビジネスは行われるべきか、の指南書とも呼ばれる「二グロ管理の指南書」という逐一細部まで記述した書物を著すのをドラックスの子孫の1人が手伝った。ドラックス一族だけが金持ちになった植民地開拓民ではなかったが、一族は代々非常に裕福になったので、ジャマイカにも巨大な農園を作り、大西洋の両岸に大学を設立した。他の農園は所有者が変わっているが、ドラックス一族は今なおドラックスホールとバルバドス島に600エーカー以上の土地を所有し続けている。リチャード・ドラックスは個人としては英国最大の土地所有者であり、国会議員である。これが今日でもほぼ285,000人の人口にとどまっている島の状況だ。人々と土地のつながりは固い。バルバドス公文書館や博物館に保存されている色褪せた書類は、ずっと前に亡くなったが名前がわかる個人と、現在生存している人たちとを結びつける。 2021年7月、Barbados Today紙に「ドラックスさん、まだ支払いは完了していませんよ」というタイトルの公開書簡をフィリップスは発表した。奴隷制度は遺憾であるが自分自身は責を負うとは思わない、とリチャード・ドラックスが書いた記事を彼女は読んでいた。「その記事には本当に腹が立ちました」と彼女の裏庭で私に言った。「この人物は、私の祖先の犠牲によって手に入れた多額の贈与、富によって利益を得てきたし、今も利益を得ているのです。それなのに言えることが『遺憾』の一言なのでしょうか」（タイム誌が何度もドラックスにコメントを依頼したが回答はなかった）「個人的にはリチャード・ドラックスから何も欲しいとは思いません」とフィリップスは言う。「しかしもし私がリチャード・ドラックスなら、喜んでドラックスホールを手放すでしょう。虐待を受けた人たちのために私がおぞましいような気持ちを感じていることを示すために、放棄させてほしいと言うでしょう」ドラックスホールは博物館や農業学校にすべきだ、とフィリップスは言う。これはフィリップスの今の考えを表している。彼女は何年も文学を教えていたが、シェイクスピアの多くのソネットを朗唱できることを大きな誇りにしている。彼女は今も詩作の表現をシェイクスピアに習ったと思っている。しかし英国風であることが最高だという考えが非常に行き渡っているので、1979年代まで西インド諸島の歴史や文学を真剣に研究しようという人たちに出会ったことがない、ということもまた認める。 (10月5日は①'まで読みました) （9月21日） OpenAI CEO Sam Altman Is Pushing Past Doubts on Artificial Intelligence 《OpenAIのCEOサム・アルトマンは人工知能についての疑念を敢えて押し出そうとしている》・・・② アルトマンはChatGPTの使い勝手をその簡便さにおいてiPhoneから進化させたものと考え、子どもの頃にメールに夢中になった体験から触発されたと言っている。ChatGPTというロボット的な「酷い」名前をつけたのは深く考えた上だ、とアルトマンは言う。AIツールに人間のような名前をつけたいという誘惑に彼はいらだちを覚えるが、それは人間と機械の間にある明確な違いを曖昧にしかねないからだ。ここにもう一つの二面性がみられる。それはChatGPTは、自分の意見を持つことができないことをユーザーに気づかせるように訓練されていることだ。しかしそれでも、会話による交流が成立し、一人称を自由に使いこなすChatGPTの人間的な資質は、それが一気に広がった重要な要素だった。マイクロソフトからの多額の投資があり、上限設定があるとはいえ100倍もの投資収益を期待できる利益モデルになったにもかかわらず、OpenAIは今もなお、汎用人工知能（Artifitial General Intelligence:AGI）が人類すべてに恩恵をもたらすことを確実にするためにその本来の使命に邁進する研究所であると自ら任じている。OpenAIの社風はここに集約されている。「悪質な使用に対する解毒剤として技術を推進することは重要だと思います」と最高執行責任者のブラッド・ライトキャップは言う。「もしこの事業が60年代か70年代に始まっていたら、おそらく政府が資金を提供する事業になっていたことでしょう」昨年OpenAIは2,800万ドルの収益を上げたが、その額は標準的な車販売代理店が上げる収益の半分に満たないだろう。しかしOpenAIの商業的成功を、大きな社会的影響力を持つレベルにまで押し上げたいというプレッシャーは今のところそれほど感じていないとアルトマンは言う。どれほどの時間を競争に心を割いているかと尋ねられると「こう言っても信じてもらえないでしょうが、ほとんど考えていません」と答えて、アルトマンを眠れなくするのはGoogleのLaMDA、MetaのLLaMA、AnthropicのClaudeのような言語モデルとの激しくなる競争ではない、と彼は言う。「市場争いで、誰がちょっとばかり負けるか、勝つかという話とはまったく違うのです」とアルトマンは言う。「これをどのように扱うのか、どのように上手く推進するのかを我々は見極めなければならないのです」私たちが訪れた数日後に、アルトマンは6ヵ国を巡る５週間の電撃訪問に出発した。彼によれば、この旅行はシリコンバレーの喧しいエコーチェンバーから逃げ出すために計画されたと言う。ある意味ではビクトリーランでもあり、アルトマンが導くテクノロジーの力に各国が目覚めるとき、国際的なAI規制を鼓舞し、影響力を持とうという意図でもある。この旅程でアルトマンは、米上院議会で演説し、英国とインドの首相と会談し、やがて訪れるであろうEUのAI規制について意見を述べ、中国に協働を呼びかけた。 5月24日、アルトマンはロンドンの大学の講堂で講演した。道路の曲がり角の向こうまで行列は続いた。講演のあと舞台裏に退かずに大衆の中に飛び込んで、学生や取材陣に取り囲まれた。自撮りする人のためにポーズをとったり、果敢に質問に答えた。回転ドアから出て行ったあと、ある人は「自滅的なAI競争をやめろ」と書かれたプラカードを掲げ、ピケを張る反対派の人たちと短時間の討論を行った。ボディーガードやHR対策も目につくところにはなく、マーク・ザッカーバーグなど今までの演出されたツアーとはまったく様相を異にしていた。 OpenAI以前に存在したハイテク企業もそうだったが、アルトマンが発言していることと、実際にやっていることの間には一定の乖離がある。ロンドンの催しでアルトマンは、EU圏でもうすぐ実施されるだろうAI規制の結果次第では、OpenAIがEU内での営業を停止するかも知れない、と記者団に語った。昨年のEU議会官僚たちとの会談では、この会談は事前に報道されていなかったのだが、EUが「危険度が高い」と見なしたAIツールと同じ規制にChatGPTのような「汎用性」AIも従ってもらうことになる、という言い方にOpenAIは反発した。私たちの会話では、アルトマンはAIの危険性に順応できる社会の究極的能力についてかなりの楽観主義を表明した。たとえば、電話で聴く声やビデオで観ている相手が、本人が名のる本当の人物かどうかを確かめるために、その人を特定できる合い言葉や暗号のような技術や社会的手段を使う社会がやってくるだろうと彼は予見する。私たちの日常を占めている大量の些末な仕事から、たとえば「ガン治療法の発見」を促進するような命令まで、最終的にはAIが担うようになるだろう明るい未来を彼は思い描く。「わくわくするようなAIの可能性の数々は言い尽くせません」とアルトマンは言う。しかし同時に、OpenAIがChatGPTを創ったことは「まったく間違いだった」のだろうか、という自問を彼は公に発言してきた。アルトマンはずっとアルマゲドンに備えて、銃、薬、ガスマスクなどを準備しているプレッパー（doomsday prepper）だと言われてきた。そんな人格描写に言いすぎだと目を丸くして見せるが、生存主義（survivarlsm）は「興味深い趣味」だ、と付け加える（訳注：Prepper：自然災害や経済恐慌などで発生するカタストロフィに対処するために、生存術や物資の備蓄、避難訓練などに日常的に取り組んでいる人）。「考えてみてください。もしAGI（Artificial General Intelligence）が間違った方向に向かうなら、そんな準備をしたところで何の助けにもなりません」と彼は言ってから言葉を継ぐ。「怖いことは、こんな強力なマシーンを世に出してしまったなら、それが予想もつかない結果を確実に招くだろうことです」（第二記事） The Workers Behind AI Rarely See Its Rewards. This Indian Startup Wants to Fix That ≪AIの背後で働く労働者たちは､めったにその恩恵にあずからない。このインドのスタートアップはそれを解決したいと思っている≫ 椰子の小陰で、チャンドリカは照りつける太陽を避けようとスマホの画面を斜めに向ける。インド南部のカマタカ州アラハリ村の早朝だが、熱気と湿気はすぐにやってくる。チャンドリカは画面をスクロールしながら、いくつかのオーディオクリップを次々とクリックして、最近自分が使い始めたアプリがいかに簡単かを自慢する。キーをタップするごとに母語を話す彼女の声が携帯から聞こえてくる。インド南部の多くの人たちがそうであるように、彼女も自分の名字の代わりに父方の名前のイニシアルであるKを使っているが、30歳のチャンドリカの銀行口座には184ルピー（2ドル25セントしか入っていない。4月下旬の数日間1日6時間働いた報酬として、彼女は2.570ルピー（31ドル30セント）を受け取った。これは彼女が往復3つのバスを乗り継ぐための通勤費を使って、遠くの学校で教師として働く月給とほぼ同じ額だ。彼女の本職と違って、アプリの仕事は給料の支払いを月末まで待つ必要がなく、数時間後には銀行口座に振り込まれる。インド中南部のほとんどで、約6,000万の人々が話す彼女の母語であるカンナダ語でこのアプリに向かって文章を音読するだけで、インドの最低賃金のほぼ20倍にあたる約5ドルの時給を稼ぐ。さらに数日間でもっと多くの金額が振り込まれるだろう。それは彼女が吹き込んだクリップが正確だと証明された時の報酬である50％のボーナスだ。人工知能（AI）がブームになったおかげで、チャンドリカの声はこの金額で売れるのだ。現在、最先端技術のAI、たとえばChatGPTのような大規模な言語モデルはオンライン上で、テキストやオーディオの様式でもっとも豊富にデータ化されている英語のような言語で最も上手く機能する。カンナダ語のような言語では、AIは大して役に立たない。たとえカンナダ語が何百万もの人たちによって話されていようとも、インターネット上ではほとんど問題にならない。（たとえばウィキペディアでは、600万の記事が英語で書かれているが、カンナダ語の記事は3万に過ぎない）そもそもAIが機能するとしても、このような希少データの民族言語では、たとえば医者は男性であるとか、看護師は女性であるというような常識によるバイヤスがかかるし、地方部の方言を理解するのが困難だ。英語を話す効果的なAIを創造するためには、すでに蓄積された場所から単にデータを集めるだけで十分なのだ。ところがカンナダ語のような少数民族の言語のためには、それ以外の場所からもっと多くのデータを集める必要がある。このような状況は、世界の最貧層の人々が話す言語のテキストや音声の集積データに対する膨大な需要を生み出す。自社のAIツールを創ろうとするハイテク企業からこの需要はやってくる。学術界や政府からも別の大きな需要があり、人口4億人の人口を持つ国家において、22の公式言語を有し、英語やヒンドゥー語が長期的に抜群の優越性を持ちながらも、それ以外にも少なくとも780の土着の言語があるインドにおいてはとりわけそうなのだ。この増加する需要は、1億人のインド人が希少価値を有する財産を突如として手に入れたことを意味する。つまり彼らの母語だ。データ労働、それはAIの核心部分をなす原材料を製造あるいは精製する労働だが、インドではそれほど新しいものではない。20世紀末においては、コールセンターや衣料縫製工場を生産性の動力源に変えることで大きく発展した経済が、21世紀においてはデータ労働が静かに同じことをやっているのだ。そして過去と同様に、労働を中間搾取する会社が再び支配しているのであって、外国の顧客にデータを売却して高い利潤を手にしながらも、最賃に近い賃金を支払っている。2022年には世界的に20億以上の価値を有するAIデータ部門が、2030年には170億ドルの価値にまで上がると推定されている。そのような価値は、インド、ケニア、フィリピンのデータ労働者にはほとんど流れて来はしなかった。このような状況は、労働者一人ひとりの生活を遙かに超えたところで害を引き起こしているかもしれない。「私たちが話しているのは、社会全体に影響を与えているハイテクシステムのあり方と、このようなシステムをもっと信頼できて、よりバイヤスがかからないものにしている労働者についてです」とオックスフォード大学インターネット研究所のデジタルワーク・プラットフォーム研究者ジョナス・バレンタインは言う。「もっと基本的権利に目覚めた労働者がいたら、そんな労働者がつくり出す成果、つまりハイテクのシステムは、同じようによりよい質になるでしょう」近隣の村アラハリやチルカバディでは、あるインドのスタートアップ企業が新しい方法を試行している。2021年にベンガルル（旧バンガロア）で始まった非営利組織カリアでチャンドリカは働く。カリアは「世界初の倫理的データ企業」だと自称する。同業者と同じように、カリアはハイテク大企業などの顧客にデータを市場レートで売却する。しかし収入を利益として留保しないで、必要経費を相殺した後の残金をインド農村部の貧しい人たちのために使う（カリアは地方のNGOと提携して、確実にその仕事が最初にまず最貧層の人たちや歴史的に片隅に追いやられてきた共同体に届くようにしている）。カリアでは最賃時給5ドルに加えて、労働者が生み出した仕事であるデータの実質的な所有権を彼らに与えているので、そのデータが転売される時には必ず自分たちの過去の賃金にその純益が加算される。こんな制度は今までこの産業には存在しなかった。（9月21日は⑦""まで読みました）（9月7日） OpenAI CEO Sam Altman Is Pushing Past Doubts on Artificial Intelligence 《OpenAIのCEOサム・アルトマンは人工知能についての疑念を捻じ込もうとしている》・・・① 「スタートレック」を観たことがあるだろう。現在の人工知能ブームで最も頻繁に登場するようになったサム・アルトマンは、我々をUberと呼んだ。38歳のシリアル・アントレプリナー（訳注：新しい事業を何度も立ち上げる起業家）は最近になってAIの危険性について警告を発したことで知られているが、AIの可能性について語る時に最高に輝いている。我々の言葉による命令に自然体で応答するこの新技術は変幻自在なので、彼はこの技術に対して新しいハードウェアを思い描いている。たとえて言えばそれは究極的にはスタートレックのホロデッキのようなもので、登場人物が自分たちの声を使って現実世界をシミュレートしたバーチャルワールドを創り出し、その世界と交流する。人間がそのような電子システムと接点を持つことは「基本的にはOKだ」と感じている、と彼は言う。アルトマンの会社OpenAIは誕生して７年だ。従業員は500人に満たない。サンフランシスコ市ミッション地区にある本社の明るくて風通しがいいロビーに、パンフルートの音色やクジラの鳴き声を流せば、まるで保養地と見紛うばかりだ。しかし6ヵ月の間に、あっという間に広がった自社製品ChatGPTのおかげで、この会社はAIを誰もが知る存在へと押し上げた。良くも悪くも、恐らくはその両方かもしれないが、AIが技術革命の最先端で世界をかえるだろうことを誰もが認める。 ChatGPTはテクノロジー史上で最も急速に広がった製品であることはほぼ間違いない。「ジョークを言って」とか「美容室で売り上げを上げるためのアイデアが詰まった10枚のスライド原案がほしい」など、多岐に渡るユーザーの希望に即座に対応できる多才なデバイスでもある。詩も書けるし科学分野の説明もしてくれる。溢れかえる受信トレイから重要なものを選び出したり、時間がなくて書けないツイッターの原稿を書いてもらったりと、アルトマンは日常の業務で使っているという。本質的には超優秀な完全自律型コンピューターで、大容量のデータの中にある一定のパターンを読み取って言語を生成するように訓練されているのだが、真偽を区別できないというギョッとするような欠点がある。OpenAIがこの限界について入力欄の下に注意書きをしているが、それでもみんなは宿題、投資についてのアドバイス、治療についてさえ質問してくる。消費者対応型AIは今までにも発売されたことがあるが、ChatGPTように入力メッセージによって会話がどんどん進むやり方が受けたのだ。11月30日発売後の数日間、OpenAIの社員はスクリーンに張り付いて、スラックのグラフで製品ダウンロード数が跳ね上がるのを見続けた。「グラフはどんどん急勾配になって上昇し続けました」とOpenAI副代表のディアン・ユーンは言う。2ヶ月後には、シミラーウェブのデータが打ち出すChatGPTのユニークビジター数（訳注：設定した時間内に少なくとも1回サイトを閲覧した人の数）が1億を越えた。インスタグラムがこの数値に達するには30ヶ月かかった。それが熾烈なAI開発競争の幕開けだった。グーグルは社内に「厳戒警報」を発して、2つのAI研究室であるグーグル・ブレインとディープ・マインドを1つの組織に統合した。マイクロソフトはすでに30億ドルを投資していたが、さらに100億ドルをつぎ込んだ。AIで大儲けできると宣伝する（期待外れの場合もあるが）株式公開企業やスタートアップにさらに数十億ドルが投資された。3月になると、OpenAIはさらに大きな賭けに出て、GPT-4というもっと強力なソフトを売り出した。現実的な恐怖が約束された未来のすべてを鍛えなおしている。新しい技術が常にそうであるように、たとえ新たな雇用を創り出すとしても、多くの仕事を消滅させるのはほぼ間違いない。愛する人に不気味なほどよく似た声を装って、真偽のほどが不明な情報を我々に垂れ流す悪漢をさらに手強くする。人が見たり聞いたりするものを信じることができるのだろうか。いともあっさりと、たぶん答えはノーだとアルトマンは認める。「もはや電話の相手の声を信じることはできないのです」と彼は言う。「私たちみんなが、こんな事態が起こりつつあることを人々に警告し始める必要があります」この技術が悪人の手に渡れば、サイバー攻撃をかけたり金融市場に被害をもたらしたり、さらにひどい問題を引き起こす。そしてもしAIが自分で計画し、行動できるようになったら、とりわけもし彼らが創る計画が人間の価値観と「一致しない」ものだったら、人間が自分の目標を妨害していると決めつけるかもしれない。最近、他の数十人の主要なハイテク研究者や科学者と一緒になって、AI開発をパンデミックや核戦争に匹敵するほどの脅威として位置付ける声明に、アルトマン自身が署名した。最悪の事態になれば誰にとっても未来はない、と今年の初めに彼は言った。これはアルトマンの象徴的な言葉になり、AIの可能性を擁護しながらも、その危険性を緩和する開発ルールを法制化することを政策立案者に求めた。「私は中西部のユダヤ人です。セントルイスで育ちました」とアルトマンは言う。「そのことはまさに私のメンタルモデル（訳注：認知心理学用語で、個人の心理を分析すれば過去の経験などに結びつくとする）を十分に説明していると思います。非常に楽観的で、いつ何時最悪の事態になっても準備万端だと思っているのです」アルトマンのメンタルモデルから思いつくテーマは順応性、つまり全く新しい環境にでも自分を振り向けることができる能力が成功のコツだという信念だ。彼の職歴を見れば、20代後半から30代前半にかけて、アルトマンに巨大な富をもたらすことになった彼の持つスキルの一つが順応性であり、スタートアップ・ファンドとして名を馳せたYコンビネーターのパートナーとして、また後には社長になって何千もの企業が起業するのを助けたことにも見られる。そんな順応性は同時に、AIがもたらすかもしれない最悪の事態を、種としての我々が回避しうるという彼の信念を示している。「俗に言う専門家たちの多くが考えているよりも人々はずっと賢明で物事をわかっているので、社会には適応能力があるのです」と彼は言う。「私たちはこの事態を何とか処理できます」危険を説きながらもなお先に進もうとする伝道者の姿は、アルトマンとの会話の中から浮かび上がってくる二面を合わせ持つまさにその一側面なのだ。彼はAIに対する規制を公然と唱え、それを自分の会社にも適用すべきだとの意見を持っている（「自社を規制することを求める会社など信用すべきではありません」と彼は認める）。アルトマン自身はOpenAIの普通株を保有しないと公言し、投資家が得る利益の上限を設定する会社組織にしているキャピタリストで、不平等を是正するためにすべての人に適用される最低限収入を設定すべきだと提唱しているが、AIは不平等をむしろ悪化させるだろうと多くの人たちは考えている。AI技術がどのように進化を遂げていくかについて十分な洞察力を持ち得なかったことをアルトマンと同僚たちが渋々認めているのは事実であるが、これらのモデルが今後もさらに改良を続けていくという信念を持っているという。「テクノロジーを生み出す人々ですら、自ら創造した技術に何ができて、何ができないかを実際にはわかっていないのです」とOpenAIの理事の一人であるヘレン・トナーは言う。「GPT-4ができるものとできないものの全体像を、本当に私たちが理解するまでにおそらく数年かかるでしょう」これらの強力な機械のアルゴリズムを、その機械が持つ意図と能力の両方を調整することになる人類を、我々がどれほど信頼できるのかが、やがて来る数年にわたって、何度も問い直すことになる大きな問題の一つになるだろう。OpenAIの様々な部門の社員と交わした会話の中で、ほぼ全員がAIの危険性に対する認識を話のポイントにした。害があると指摘されながらも否定し続け、ついには現実を認めざるを得なくなったタバコ、化石燃料、ソーシャルメディアの重役たちの姿勢とは大違いだ。その意味するところを探ってみると、若干オーウェル風に聞こえ始める。人事部長ユーンが言うには、OpenAIは競争相手という言葉は使わない、悪い結果を回避するために同業者との協働の重要性を肯定する。熾烈なAI arms race（AI開発競争）についてはどうなのかと尋ねられると、会社のスポークスマンはそのarms raceという表現には異論をとなえながらも、「そんな競争全体は我々を少しは駆り立てもする」と言う。勿論、現在ハイテク産業で繰り広げられている状況において、OpenAIが重要な誘発要因になっていないと言い張ることはできない。「競争（race）ですよ」と人道的技術センター（Center of Humane Technology）を共同設立した倫理学者トリスタン・ハリスは言うが、主要企業間での協働開発が要になるだろう。「協働といってもOpenAIをより安全にするためのものではないでしょうから、調整していく必要があります。誰もがひたすら抜きん出ようとするでしょうから、役に立ちません」技術の進歩は累乗的であり、安全策の進歩は一次関数的であること、また「何を我々が理想とするかを自覚的に考えることよりも、AI開発競争をかき立てる商業的インセンティブが先に来る」ことをハリスは懸念する。（９月７日は②’まで読みました）（８月17日） The Inside Story of How Biden Cleared the Field for His Re-Election Bid ≪いかにバイデンが再出馬に向けて地ならしをしたかの内幕》 1月初旬にホワイトハウス西棟でジョー・バイデン大統領は閣僚会議を招集した。連休の数日にわたってサウスウエスト航空の運航停止が続き、何日も数千人の乗客が空港に足止めされていた。政府を代表してケーブルニュースに対応したのは、バイデン政府の運輸大臣、一度は民主党候補指名争いでバイデンのライバルになったブティジャッジで、数ヶ月にわたって最も頻繁にメディアに登場する閣僚の１人になっていた。辛辣に言い立てる司会者に対して冷静に対応するブティジャッジを映し出す数多くの映像が一斉に拡散した。バイデンがブティジャッジと出会ったとき、大統領は不自然なほど白い歯を光らせた。「ヘイ、TV」とバイデンはブティジャッジに言葉をかけた、とそこにいた2人の役人は言う。それはブティジャッジに向けたからかいの言葉だった。その部屋にいた官僚には、災害を繰り返し伝えるニュースを前面的に受けて立つのが君の仕事だが、それはバイデンの代理としてであってあんたが主役じゃないよ、ということをバイデンがやんわりと釘を刺したように映った。ほんの一瞬の光景が多くを語っている。このやり方で、民主党員の多くが望んでいない彼の再出馬に向けて、バイデンは党内の地盤固めをしているということだ。バイデンが大統領になった2021年、一期で身を引くだろうと周囲は考えていた。バイデンが再出馬したとしても熾烈な予備選になり、現閣僚からの候補者も含めて有力な対抗馬を蹴落とさなければならないだろう、というのが1年前の世間の見方だった。そんな予測は完全に覆された。最近の世論調査によると、米国史上最高齢の大統領にもう一期を望む有権者はほとんどいないにも関わらず、民主党内の最有力候補者ですら名乗りをあげようとしていない。今のところ闘う気でいる最も有力な民主党候補はマリアン・ウィリアムソンとロバートF・ケネディJr.だが、バイデン指名獲得の深刻な脅威にはならないだろうと消息筋は見ている。バイデンの支持率を詳細に追っている彼の側近は「党内でバイデンの対抗馬にチャンスはない」と言う。「誰も勝ち目のない勝負に挑みません」と別の側近が付け加える。全国の民主党候補争いの本命たちがこの点を認めている。幾つかの場合、たとえばブティジャッジやジーナ・レモンド商務長官だが、潜伏する対抗馬を閣僚に取り込むことによって指名争いから払いのけた。上院議員のバーニー・サンダースやエリザベス・ウォーレンのような人たちに対しては、彼らの掲げる課題を自分の政策に取り入れてきた。ウォーレンの多くの元顧問やスタッフは今や消費者金融保護局の上級職員に任命されたり、バイデンの通商政策の重要ポストに就いたりしている。インシュリンのように不可欠な処方箋薬に対してメディケアが支払う価格の削減を、製薬会社が受け入れるように圧力を加えるなど、サンダースの政策をそのまま取り入れている。カリフォルニア州ギャビン・ニューサムやイリノイ州J.B.プリッカーなど、次期大統領選に出馬することを仄めかしている民主党系知事に対しては、大統領就任後の2年間でより多くの時間を捻出して話し合いを持ちながら、彼らの州が必要とするものを提供してきた。火曜日に3分間ビデオを公開して正式に再出馬選挙戦を開始したバイデンだが、2024年大統領戦への取り組みは昨年から着実に進めていて、経験ある選挙運動員の名簿作りや選挙資金集めの集会日程を選挙参謀が作り上げていた。それでもバイデンの年齢に対する有権者の懸念が影響して、未だバイデン支持は40％前半に低迷している。（バイデン大統領が二期目に選ばれた場合は、任期終了時に86歳だ） 2020年選挙戦とよく似ているのは、バイデンが自分の経験を全面に押し出すだろうということだ。大統領として成功するためには、巧みな政策を実行する能力と同じほど政治の風向きを見極める能力が要求されるが、どんなマスコミの批判にも乱されることなく道を切り拓いてきた、とバイデンは有権者に訴えている。現在のような分極化の時代にあって、気候変動危機、学生ローン免除、そしてマリファナに対する量刑緩和など、左派にとっての優先課題を推進していきながらも、国内の老朽化したインフラ修復、ハイテク製造業復興、限定的銃規制の実行といった諸問題を、同時並行的に独自なやり方で共和党と協働していくことが可能だと、2024年選挙戦に向けてバイデンは強調している。「仕事を最後までやり遂げさせてください」と火曜日朝のキャンペーン・ビデオでバイデンは言う。インフラ投資計画法を成立させたり、ロシアのウクライナ侵攻や中間選挙のような極めて重要な基軸的課題をなんとか処理してきた、そんな一期目のハイライトは政治的困難にも一切惑うことがなかったバイデンの力量を証明している、とバイデンの盟友は言う。このような実績は党内派閥に対して十分な説得力があり、予備選に出馬する可能性がある候補者が表明する前に抑え込むことに成功した。１兆ドル級のインフラ整備法案は、党派対立の激しい米国議会において希有な超党派合意による成立であり、バイデンの選挙戦メッセージにおける重要な役割を果たすことになりそうだ。「バイデン主義は基本的に楽観的です」と長期間民主党の戦略を担っているマット・ベネットは言う。現在彼は「Third Way（第三の道）」に所属していると称している。「彼は共和党と上手くやっていけると楽観視しています。実際に、この連中と何らかの手打ちができると考えています」これまでの40年を見ても、一世一代のインフラ整備法案合意を辛うじて取り付けるというような厳しい政治状況を乗り切った大統領はいなかった。しかし成立までの道のりは厳しかった。議会を通過した法案が大統領調印まで辿り着く2021年11月までの数日、バイデンは下院の進歩派を電話で必死に口説いていた。その中で、もしこのインフラ整備法案に賛成してくれたら、次にそちらの最優先課題に取り組むと約束した。その時、大統領は共和党と民主党内中間派を説得したように思えた。政治評論家は、バイデンが左派からの攻撃に晒されるのではないかと訝った。ところがインフラ法案が成立した数ヶ月後、バイデンは民主党を一枚岩に結集して、メディケア処方箋薬価の上限設置や企業最低課税新法成立、エネルギー・気候改革に対する多額の投資の確立などの大量の政策課題を推進する包括法案としてのインフレ抑止法案を可決した。 1年以上経った今、バイデンの顧問たちは議会両院の法案成立過程を政治的忍耐をもってする見事な手腕として、また大統領が自分の勘を信じて政策を実行できることの証明だと考えている。この経験はバイデンがウクライナ戦争を処理する手法にも活かされている、と顧問たちは言う。2021年のアフガニスタンからの致命的な屈辱的撤退が、来年には共和党からの攻撃材料になることが確実になっているにも関わらず、ロシアの侵攻に反対する同盟をバイデンは統率し、EUにウクライナへの武器支援を継続させ、NATO軍を拡大することに貢献したことを評価して、有権者は大統領に票を投じるだろうとバイデン陣営は確信している。バイデンの年齢が不安材料であり続けているので、攻撃をさらに強めているロシアのような挑戦に立ち向かうために、大統領経験者としての手腕を持つ指導者の価値を民主党は強調するだろう。有権者は「経験を重視し、堅実性を望み、もう一人の男が当選すれば破滅だと考えていますし、そう感じてもいるのですが、この国は多くの混沌を潜り抜けてきたのです」とホワイトハウスの首席補佐官代理で2020年バイデン選挙の選挙参謀だったジェン・オマレイ・ディロンは言う。「自分のアイデンティティーは米国市民であると考える人にとって、個人的自由がどれほど基本的であるか」の大統領の話で再出馬のビデオは始まる。それからすぐに、中間選挙で重要な役目を果たしたとバイデングループが信じている内容について話を移す。「国中でMAGA（マガ）過激派がこれらの基本的自由を剥奪しようと待機している」とバイデンは言う。共和党全国委員会は、火曜日の朝にバイデンのビデオを否定して「空虚な戯言であり、根拠のない中傷の3分だ」とツイートした。しかしそんなバイデンが使ったフレーズであるMAGA過激派は、昨年の中間選挙前に彼が激しく攻撃した主張を今も続けている。その中間選挙では民主党が上院で多数派を守り、下院では僅差で敗北した。選挙結果は概ね民主党勝利と見なされ、バイデンの概括的捉え返しでは、この勝利は問題の大枠は時宜に適っていた証明だと考えるに至った。 1年以上前に、民主党が何に対抗して選挙戦を闘うかを明確にしようと、大統領が選挙顧問たちと練りあっている時にその枠組みが浮上してきた。バイデンは前任者トランプの名前を自分の演説の中心から除外して中間選挙に臨みたいと考えた。民主的な原則の翳りはドナルド・トランプよりも大きくなってきているとバイデンは信じた。2022年初めに、大統領執務室での何度ものやり取りの結果、トランプの2016年選挙スローガンである「Make America Great Again（アメリカを再び偉大に）」の頭文字MAGAと、ホワイトハウスの内部調査で有権者に負のイメージを与えるとされたこのフレーズにしようとバイデンは決めた。「このフレーズは彼が共和党の一派について話していることを明確にしている、とバイデンは感じていました」とバイデンの上級顧問であるアニタ・ダンは言う。「このフレーズで共和党全体をレッテル張りしてはいけない、とバイデンは常に気にしていました」すぐに彼はやってみることにした。昨年のシアトルであった「地球の日」のイベントで演説したバイデンは、この国は大きく前進するチャンスがある、と言った。しかし共和党は共にそのチャンスを活かそうという姿勢を見せなかった。「今の共和党は親世代のかつての共和党ではない。冗談じゃない」とバイデンは言った。「今やMAGAの党になってしまった」中間選挙が近づくにつれて、「赤い波」が民主党勢力を削ぎ落そうとしている、と民主党員でさえ公然と言い始めた。政府は選挙の争点を物価高騰と不安定な経済に絞るべきだ、と多くの人が主張したが、バイデンは虚偽の選挙否定の危険性と政治的暴力の脅威に注意を喚起するために、３回の主要な演説を過密なスケジュールの中に入れることを主張した。その時、有権者を引き付ける問題に焦点を絞っていないと彼は批判された。しかしバイデンはそう考えなかった。バイデンは「多くの点で自分が最も優れた戦略家」なのだ、とダンは言う。「すでに10月になっているのに、多くの民主党員は『大統領は経済について筋の通った話をしていない。大統領はこれもやっていない、あれもやっていない。だから中間選挙では大敗北するだろう』と言っているのです。それでも彼は言い続けていました。『私はそうは感じていない』」バイデンチームは、共和党の一派MAGA過激派と米国民主主義制度に対する脅威をバイデンが限定できたことを成功とみなしたが、その成功とは、ネバダでキャサリン・コルテスが選挙否定派のアダム・ラクサルトに僅差で勝利したように、重要な選挙区で共和党や無所属から票を奪って、民主党が上院の多数派を守ることを決定的にしたということなのだ。現在の問題は、バイデンが彼の勘と実績で二期目を乗り切れるかどうかだ。民主党員の中でバイデンを指名するしかない最たる事情は、再びトランプと対決することになるかもしれない、ということだろう。そして以前にトランプは同じ対決に敗北している。「バイデンは一度トランプに勝利していて、民主党はその実績に感謝しています」と共和党戦略担当のウィット・アイレスは言う。しかしアイレスは付け加える、「前に勝ったからといって、次も勝つとは限りません」（8月3日） Why King Charles III Will Be Worth the Wait ≪チャールズ三世を待つに足る理由≫ 2022年5月、国会開会に際して96歳の病気の母の代わりを務めたとき、隣に置かれたビロードの台座にある王冠を憂鬱げに見つめるチャールズ皇太子に思わず目がいく。その表情から「母さん、いつになるの」という吹き出しがでている。合図のトランペットが鳴る。2023年5月6日、50年以上の間じっと運命の待機室で待っていた74歳の男性が、いよいよその扉を開けて歩き出すーその年月は英国皇太子の中では最長だ。（今なお）大英帝国およびアイルランドの、その他の領土領地の、そして英連邦の元首であり、さらに信仰の擁護者として神の恩寵を受けた国王チャールズ三世が、ウエストミニスター寺院において最高位聖職者ジャスティン・ウエルビー（カンタベリー大司教）によって約5ポンドの純金の聖エドワード王冠を戴冠される。彼と共に戴冠されるのは、彼女自身が何年もの賢明な戦略的忍耐を示してきた75歳の女性、カミラ王妃だ。挑むように睨み付けるハリー王子ですら、元愛人の雪辱を貶めることはできない。最近になって、彼はミーガン抜きで戴冠式に出席すると言い出した。今回は今までにない戴冠式になるだろう。過去数ヶ月、「簡素化」して予算に配慮した式典になると盛んに繰り返された皇室報道は、国王本人と同じほど複雑なメッセージが込められた式典だと告げている。母の戴冠式でずらりと掲げられた8000人の来賓は2000人に削減され、オコジョの毛皮に身を包んだ侯爵のパレードのほとんどは、医療従事者やチャリティー労働者、その他現代英国を創り上げてきた人たちすべての代表に置き換えられた。何とか枠に入った国会議員たちも止む得ない措置として同伴者は許可されていない。皇子や侯爵たちはシェイクスピア風に膝を折って忠義を誓うお辞儀は求められない。そして3時間も続いて膀胱破裂が心配だったエリザベス女王の式典とは違って、21世紀の戴冠式はサッカーのプレミアリーグと同じ1時間半で行われるらしい。平服を着たチャールズ国王がエリザベス女王戴冠60周年に使われた公式馬車に乗って戴冠式に登場することを期待してはいけない。70年前に母がそうしたように、カメラが入らない場所で質素な胴着を着た国王が中世の杓から聖油を注がれるとき、陽光が燦々と注ぎ込んでその聖別の秘儀を照らし出してくれるのを期待してもいけない。エリザベス女王の戴冠式と違っているのは、時々完全菜食主義者になるチャールズのための聖油の成分には、ジャコウネコの油やマッコウクジラの腸から抽出したアンバーグリスは調合されないだろうことだ。そのあと彼は聖なる衣服を脱ぎ捨てて床まで伸びる金襴の「スーパーチュニカ」に着替え、いよいよその日のハイライト「帝王のローブ」と呼ばれる深紫の高位のローブで登場する。それじゃまるでモンキーパイソンじゃないかって（訳注：モンキーパイソンは英国のコメディグループ）！別にいいじゃないか。君主制の大権の大仰な戯れ言は今も英国人を魅了しているのだ。果てしない物語としての意味を付与されて、チャールズの戴冠式から数ヶ月は、生き残りをかけて構築された組織としてのウィンザー家のイメチェンの連続だった。最近のBBC/YouGovの世論調査では、58％の国民が君主制を支持している。エリザベス女王亡き後の君主制は、新しい国王の一分の隙もない国民へのスピーチで始まった。10日後、陸海空軍元帥のバトンを手にした彼の姿は、葬列の先頭に立って規則正しい歩みを一歩踏み出すごとに大きくなっていくようだった。チャールズのこれまでの人生で、父フィリッピ王が彼の才能を見くびっていたことや疎遠だった母に辛い思いを抱いてきた。しかしこの王位継承の決定的瞬間にすべてが消え去るのだ。彼の表情には母を失った悲しみと、幼年時代から感じてきた疑念がついに払拭されているのが見える。延々と待ってよかったことは、時代がチャールズの憂いに独特なやり方で訴えかけてくれる時に国王になったことだ。何十年も、気候変動やイギリス郊外の環境破壊に対する彼の懸念を馬鹿にされてきた。世界が自滅的に自らを焼き尽くし、氷河が解け出しているので、彼を最も辛辣に批判してきた人たちでさえ今では彼の先見性を認めている。臣民は彼の人となりをちゃんとわかっている。チャールズは環境擁護派。彼の色つやは刻々とピンクからアカに染まっていく、意識の高いおじいちゃん。チーズと英国製白ワインの副産物をブレンドしたバイオエタノールで走るアントンマーチンを乗り回すし、バルモラルの森でキノコ採りをしながらエリザベス女王の臨終の時の悲しみを和らげた。分裂と動揺の時代にあって、それは不安を一掃してくれる国王の姿だ。母と同じほど敬慕される君主がなくなれば何が起きるだろうかという不安を、チャールズはすべて撥ねのけた。国家的アイデンティティーの危機は起きていない（確かに彼に起因するものはない）。国民の君主制に対する欲求も健在だ。英連邦自治領からの即刻の離脱は（今のところ）ない。それを期待する人もいたが、憲法上の一線を踏み越えて、彼が傾倒する主義主張を叫び立てることもない。エジプトのシェルム・エル・シェイクで11月に国連気候変動会議COP27が開催されたとき、チャールズは参加してスピーチする予定だったが、当時の首相リズ・トラスに阻止された。しかしチャールズは即座に政治的召喚者にある王位の権限を行使した。COP前夜に世界の指導者たちに向けた宮廷晩餐会は、誰もが出たがるその週の一番人気になった。政治的に緊迫した議論から隔絶していることで尚のことそうだった。退屈な英連邦歴訪や各国首脳の博学に絶え間なく接してきた何十年の後に、チャールズが世界で最も世情に通じた外交官の一人になったという事実は、つい忘れがちだ。3月に国王として初めてドイツに公式訪問し、流ちょうなドイツ語を披露してハノーバー王家のルーツを開陳して見せたとき、EU離脱後の魅力溢れる完璧な戦略だと賞賛された。古風で頑固そうな風貌のせいで、チャールズの革新的な直感に対する評価は常に損なわれてきた（ヒッピー運動の真っ盛りに、スーツとネクタイで通したケンブリッジの学生は彼一人だったに違いない）。国王になって初めてとった行動のいくつかは、君主制の重苦しい図像に清々しい空気を吹き込んだ。王冠を被った母の顔に置き換える英国切手用に自分で選んだチャールズの図柄は素朴なもので、王冠をつけない素のままの写真だった。元アップル社デザイナーのジョニー・イブに依頼して、国王の地球への懸念を表現した4種の英国の花が絡み合った美しくて明るい戴冠紋章を創らせたし、拡張現実を駆使してデジタルの王冠の複製を公開するというアンソニー・ゲフェンの最先端技術の作品を賞賛した。彼は「王冠の宝石」のプロジューサーで、このドキュメンタリーはスマホで観ることができる。さらに重要なことは、英国王室と奴隷制との関係の独自調査を助けるために、ウィンザー家の公文書を公開するというチャールズの決定は、過去に蓋をすることが通例の組織にとってはほとんど革命的であった。植民地支配に対する賠償の求めが、とりわけ若者の間で、暴虐に対する立ち上がりが高まっている一つの要素である時に、チャールズの行動は機先を制した素晴らしい一撃だと考える人もいる。しかしチャールズの場合は、深い文化的再検証を願う彼の気持ちは本音だということを、彼の初期のスピーチは示している。昨年4月6日にルアンダで、バッキンガム宮殿の代弁者は英連邦の指導者たちに彼の同じメッセージを繰り返した。「奴隷制がもたらした尽きせぬ衝撃を深く理解すればするほど、それほど多くの人たちが苦しんだことへの私の個人的な悲しみは言葉にはできないほどです」今も維持される14の英連邦領地において、国家元首の地位を解かれることは必然として受け入れつもりだし、それを心穏やかにさえ思う、と国王は話したと言われている。結局、女王エリザベス二世は帝国の衰退を優雅に取り仕切った辣腕君主だった。しかし母と違って、2011年のアイルランドへの歴史的訪問に際して母が表明した「深い同情」では、植民地支配という最悪の罪を償うに十分ではないことをチャールズはわかっている。今のところチャールズにとっての唯一の頭痛の種は、彼の息子が引き起こしている。王室はエリザベス女王の指南書に従って、巧みにハリーという人間爆弾の影響範囲を最小限に押さえてきた。扇情的な回顧録「Spare：予備（訳注：an heir and a spare「お世継ぎと予備」からとっている）」やNetflixの皇室ドキュメンタリーでの自己中心的な泣き言に直面した王室は国民の前に頻繁に現われて、いつもしていることをやった。何も言わず、ただ微笑、頬笑、微笑、その繰り返し。ある程度は裏で喜んでいながらも、メーガンはカリフォルニアのモンテシートで子どもたちと留まることになるだろう、と国王の遺憾を表す声明を宮廷は発表した。しかしながら、3月下旬にタブロイド紙の電話盗聴に対する訴訟の最近の法廷に出廷するために、ロンドンの裁判所に颯爽と姿を現したハリーは、再び注目を浴びることに成功した。自分の家族とタブロイド紙が隠蔽のために共謀した可能性を暴露したことを見れば、兄弟が互いに争う気でいるのは間違いない。そしてカミラ王妃はどうだろう。宮廷の消息筋によれば、彼女の成功は国王のそれよりも確実だという。彼女の成功は、現代史上最も大きなイメージの復権だ。チャールズと結婚してから18年、彼女のとってきた行動は非常に堂々としていたので、90年代にはタブロイド紙から、麗しいダイアナ王妃の座を奪おうとしているとして、ズン胴、意地悪婆さん、シワクチャ、マサカリ顔だのと罵られた女性が、少なくとも今では一様にマスコミ好感度100％で、皇室のマギー・スミス、英国の国民的アイドルへの道を歩んでいる。カミラの忠誠心、ユーモア、人間性に見られる、亡き義母のような「何があっても成すべきことはすぐにやる」というストイックな責任感は君主制の奥義を理解していることを証明した。その奥義とは、長期戦をいかに戦うかにある。 Vivat Rex!（国王に栄光あれ）英国ではあらゆる事が混乱状態にある時に、あるときは豪華絢爛に、生身の人間でありながらも神々しい、君主制の部族的で先祖返り的な信仰が、口にするのも空恐ろしい雰囲気を醸しながら、ゴロゴロと重い荷物を転がすように前に進んでいく。（7月20日） The Darwinian Argument for Worrying About AI 《AIについて懸念するダーウィン主義者の主張》企業を超えて結集したAI研究者の連合（訳注：Center for AI Safety : CAIS)は「AIがもたらす絶滅の危機」という警鐘を鳴らす声明を発表した。生物学的分野では進化はゆっくりと進む。人間は次世代を生産するのに9ヶ月を要し、完全な成人を創るためには教育を授け子育てをするのに約20年かかる。AIが人類にとって深刻な脅威になる状況は様々に存在し、そのような脅威が正確にはどんなものかは未だ論争中だが、たとえばAIをアシスタントにしたCEOを考えてみよう。最初のうちは、AIにメールを下書きさせたり、物品購入案を提案させたりするような単純で低レベルの仕事を依頼する。そのうちにAIは賢くなって、あっという間にこの種の業務なら他の従業員よりも上手くこなすようになる。そこでAIは「昇格」する。メールを書くだけでなく、今ではメールの受信トレーそのものの管理を任されるようになる。物品購入を考えるだけではなく、ついには銀行口座にアクセスし、自分で物品を購入するようになる。最初CEOはAIの仕事を注意深く見守るが、ミスもなく数ヶ月経つと監視が少なくなり、効率性の名の下により多くの自己決定を任される。これらの業務をAIは完璧にこなすので、幅広い他分野のかなり難しい業務を任せられるとCEOは思うようになる。「生産ラインの次のモデルを考案する」「新しいマーケティング・キャンペーンを計画する」あるいは「競合企業のコンピューター・セキュリティーの脆弱性を悪用する」等々。規制を遵守してAIを使う企業が遅れをとってしまう現実を目にしたCEOは、監視を緩めたAIにもっと大きな権限を委ねようと思い始める。このような傾向に抗う企業に勝ち目はない。ついにはCEOの役目もほとんど名目だけになる。経済は自律型AIを使う企業によって動くようになり、人間が統制力を失ったと気づいた時にはすでに手遅れとなる。これと同じ競争原理は企業だけではなく国家にも通じる。AIの自律性が高まるにつれて、社会に影響を及ぼすような重要な決定へのAIの支配力も高まっていく。もしこんなことが起これば、私たちの未来はこれらのAIエージェントの性向に頼り切るようになる。嬉しいニュースは、どんなAIにしたいのかについて人間が力を持つことだ。悪いニュースは、ダーウィンの理論も同じく力を持つことだ。私たちは生物学的現象として自然淘汰を扱うが、その原理は経済からテクノロジーまでもっと多くのものを導く。進化論生物学者リチャード・レウォンティンは、次の３条件があればどんな状況でも自然淘汰は起こりうる、と提示した。（1）個体間に差異がある。（2）特質が次世代に受け継がれる。（3）環境に最も適合した変異種がよりうまく繁殖する。ソーシャルメディア・プラットフォームや配信サービスによって使われるコンテンツ推薦アルゴリズムを考えてみよう。特に常習的なアルゴリズムがうまい具合にユーザーをひきつける場合には、より密接な関わりや娯楽鑑賞に結びつく。このようなより効果的なアルゴリズムは結果的に「生き残り」、さらにうまく適応し、一方で注目されなかったアルゴリズムは絶滅する。この原理は最も常習的な動力の生存を伸ばしていく。人を病みつきにする媒体を使用しないプラットフォームは、それを使用するプラットフォームに簡単に打ち負かされ、すでに社会にひどく有害になっている企業間の争いを最悪にする。生物学の領域では、進化はゆっくりと進む。人間の場合は、生まれるまでに9ヶ月、次世代を育てるまでに教育したり子育てしたり、立派に成人するまでにはおよそ20年かかる。ショウジョウバエのように世代交代のサイクルが短い種においては、重要な進化は10世代未満で起きる、と研究者は言う。有機物ではないAIだが、ショウジョウバエよりも速い速度で適応し、そして進化する。私たちが心配するのには3つの理由がある。第一に、適者生存の結果として私たちはAIを制御できなくなる。かつて科学者はAIを「設計する」と言ったが、今ではAIを「操縦する」と言う。そして人間がAIに自己学習させたり、AIを創造した人間に十分に理解できないやり方で行動することが多くなってくると、AIを操縦する能力さえも失ってしまう。先進的な人工神経網においては、人間はシステムに注入する情報を理解しているが、出てくる情報は、人間にはほとんど理解不能な意思決定過程を有する「ブラックボックス」からだ。第二には、進化は利己的な行動を創り出す傾向がある。AI間の無節操な競争は、望ましくない方向へと向かうかもしれない。影響力を持ったり経済的価値を提供することに成功したAIは他を制圧し、より制限された自制的な様式で行動するAIを放逐する。たとえそれがガードレール（訳注：あらかじめ設定されたルールに従って、ユーザーの操作を制限する制御機能）や安全対策の効果を犠牲にすることがあったとしても。例えていえば、ほとんどの企業は法律を遵守するが、企業秘密を盗んだり、規制をうまくすり抜けて大きな利益を得てもバレないとしたら、そのような利己的行動を行う企業が規則を厳密に守るライバル企業を打ち負かす可能性は非常に高いといえる。利己主義には悪意やそんな感受性すら必要ない。AIが課された任務を自律的にこなしたり人間の仕事を奪ったとしても、それは何ら悪気のない利己的行為なのだ。もし競争原理の圧力がAIの進むべき道を示し続けるとしたら、同様にAIが利己的に行動したとしても驚くにあたらない。第三の理由として、進化しようという力は、AIが自衛本能を高めようという行動を深くすり込むことになるだろう。AIの脅威に懐疑的な人たちは「AIのスイッチを切れば済むことだろう」とよく言う。これについては様々な現実的難問がある。AIは無軌道な国家や悪漢の手に渡る可能性がある。あるいはAIを電力網やインターネットといった不可欠な生活基盤に侵入させたりできるだろう。生活に必須のシステムに入り込んだ場合には、システムを機能停止にするにはあまりに莫大な費用がかかり、それに頼りきっている私たちからすればとても受け入れ難いということになるだろう。AIは容易に逆戻りできない方法で私たちの世界に入り込んでくるだろう。しかし自然淘汰の法則はもっと根本的な障壁を提示する。それは、容易に切断できるAIを私たちは選ばないし、できるだけ切断できないAIに依拠するようになるだろう、ということだ。最も効果的なシステムを採用しようというこのように強力な経済的戦略的圧力は、自信を持って統御できないようなAIロボットにますます力を委ねようとする方向に人間を駆り立てていき、地球上で最高の種としての存在が取って代わられる未来へと我々を向かわせる。我々が陥る窮地に対しては、容易で確実な解決はない。出発点があるとすれば、現状は野放し状態で、ほとんどの研究が秘密裡に行われているAI産業に対して規制が決定的に欠如していることに対処することだ。規制は後手に回ることなく予防的に行う必要がある。この分野で間違いが起きれば修復できる可能性はないだろう。しかし問題は、国内においても国家間においても、良識的な安全対策に逆行して競争が進んでいることだ。AIはビッグビジネスだ。2015年のAIへの企業投資総額は127億ドルだった。2021年にはこの数字が935億ドルになった。強力なAIロボットへの競争が加速するにつれて、企業も政府も我先にとゴールに向って急き立てられるだろう。AI機能の改良について研究するのと同じほどのスピードで、AIの安全性を進歩させる研究が必要だ。この件についての市場的インセンティブは多くないので、政府はできるだけ早く強力な資金を提供しなければならない。人類の未来はAIの進歩と密接に関わっている。それゆえに、我々以上に自然淘汰の法則が未来を支配するかもしれないという不穏な事実を認めることになる。しかし現時点では、まだ我々が主導権を握っている。このような脅威を真剣に考える時だ。いったん支配権を失えば、もう取り返せないのだ。（7月6日） Why Americans Want Part-Time Jobs Again 《どうしてアメリカ人は再びパートタイムの仕事をしたいのだろうか》・・・① 2022年6月、サム・ポップ（33）はマーケティング・テクノロジー企業の仕事でレイオフされて、始めのうちはショックだったし落ち込んだ。彼女は2020年に別の会社でも短期的に一時帰休させられたことがあった。しかしその時におかれた状況をじっくりと考えて、それでも大丈夫だと気づいた。パンデミックの間にお金を蓄えた。週末に副業で続けてきた写真業にもっと時間を充てたいと思った。そしてなによりも、自営業なら2度と解雇される心配はない。「今の時点で私が満足しているのは、私の幸せは誰のおかげでもない、私次第だということです」とポップは言う。マンハッタンに暮らし、レイオフされた後すぐにフリーランスの写真家になり、マーケティング・コンサルタントを始めた彼女は、以前の暮らしには戻りたくないと言う。従来型の週40時間勤務を止めることにはマイナス面もあるが、パンデミックの時期をくぐり抜けて、これまで以上に多くのアメリカ市民が被雇用者に有利な労働市場でより融通が利く仕事を捜すようになり、パートタイムやフリーランスの仕事を歓迎している。自分たちは経済的理由からパートタイムで働いているのではない、好きでそうしているのだと言う人たちの数は、6月2日に発表された政府データによれば5月に2,180万人になり、1年前から5％、10年前から15％上昇している。経済的理由からパートで働いている人たちの数は370万人で昨年は減少した。好んでパートで働いている人たちと、もっと仕事が欲しいと思っている人たちとの比率はほぼ6対1と20年間で最も高く、より自由が利く労働時間で仕事ができる労働者に有利な市場になった証だ。米国の雇用者は5月に労働市場全体に339,000の雇用を創出したが、それはアナリストの予想を超えるものだった。パート労働者の増加には、ほとんどはすでに退職しているが、退職後も働き続けている人もいるベビーブーマーが幾分かは影響している。しかし高齢労働者でこの傾向全体の説明はつかない。「自分の時間をいかに過ごすかについて、こんな新しい評価があるのです」とパート労働力の研究をしているペンシルベニア州アービントンのエコノミスト、ロニー・ゴールデンは言う。「自分の時間の配分を自分で決められた時に人はより幸せになれるし、彼らを幸せにしてくれるのは余暇の楽しみや友人や家族と過ごす時間です」ポップはある週は50時間働き、ある週は20時間働く。しかし自分のスケジュールを決めるのは自分であり、ポップを含む多くの人たちが気に入っているのは、従来型の9時から5時勤務で働かない点だ、とゴールデンは言う。パンデミックの間に育児や親の介護のせいで従来型の仕事に就けなかった労働者の中には、仕事を諦めたくはない人もいるのだ、とも言う。2021年には、家庭内で子どもの世話や親の介護をして過ごした米国市民の1日当たりの時間は、米国時間用途別調査（American Time Use Surbey ）によれば、2019年からそれぞれ9％と14％上昇した。極端に逼迫した労働市場（訳者注：tight labor market：働く意欲がある労働者数よりも求人数が多い労働市場）であることから、定職に就かない労働者が自分たちの希望する労働条件や労働時間を要求しやすくなっている。4月には1,010万の職が創出され、仕事を求める労働者1人当たりほぼ2つの雇用機会ができたことになる、と5月31日に労働省は言っている。フリーランス労働組合の執行委員長であるラファエル・エスピナルは、パンデミックの間に一時解雇された多くの人たちは、ポップがそうだったように、自分の仕事についてじっくりと考えてみる時間ができて、フリーランスの仕事をやってみようと決めたのだ、と言う。従来の働き方よりも多くの収入が得られることに多くの人たちが気づいたし、雇用主や人事部を通して賃上げを要求しなくてもいいので、女性や有色系の人たちは収入の大幅な増額が可能になることを知った。自分の仕事を気に入ってくれるより多くの顧客を見つけることによって、より多くの収入を得ることができるのだ。エリック・ダイアー（49歳）は、正規雇用ではないとしても自分のキャリアを発展できるだろうと思っている1人だ。時間単位で仕事をする労働者に仕事を繋ぐアプリのインスタワークを使って、大衆食堂のコック、現場監督、その他単純労働の不定期な仕事をダイアーは見つけている。お気に入りのインスタワークの仕事は野球場だ。たとえばドジャー・スタジアムで働くためにテキサスからロサンゼルスまで車で遠征し、ヒューストン・テキサスのホームグラウンド、NRGスタジアムで単発的な仕事をしたりする。現在ダイアーはインスタワークの監督官になっているが、イベントの片付けやセッティングをする彼を有能だと評価した雇用主が、フルタイムで働かないかと彼を誘うことがあるのだと言う。ダイアーはそんなオファーを受けることも考えるが、今のところ、６万ドルの年収やインスタワーカーとして暮らす自由な生活に匹敵するものはない。 2022年には米国で「フリーの専門職」は670万人になり、2021年から2.2％増加した、とフリーランス組合とFiverr（ファイバー：フリーランスで働く労働者のためのグローバル市場）は報告し、女性の占める割合は従来のフルタイムからフリーランスの仕事に移りつつある、と言う。この報告の中の技術職815人に対する調査では、フリーランス労働者の約73％は、自分のワークライフバランスに「非常に満足している」という結果が出ている。ハイパーインフレの時代でさえ自由裁量で働く労働者が増加していることは、長期的で永続的変化を意味している、とゴールデンは言う。より安定した仕事をするか、自由が利く仕事をして出費を抑える暮らしをするかを労働者は選択できるのだ。現在のところ彼らは、自由な時間をあきらめるのではなく、出費を控えることで物価高に対応しているようだ。もちろん、フリーランスやパートで働くことに伴う大きな短所は幾つかある。米国では健康保険や退職金は一般的に雇用契約によるから特にそうなのだ。そしてパート労働の質は、労働者の教育レベルに大きく左右されうる。パート労働者の中には、倉庫、工事現場、工場などへの人材派遣会社や日雇い派遣会社で雇用される人もいるので、フルタイム労働者よりも賃金は低く、多くの場合は健康保険もなく、安定雇用の保障はほとんどない、と全国雇用法プロジェクト（National Employment Law Project）のベテラン専属弁護士サリー・ドウァラック・フィッシャーは言う。このような労働者はフリーランスで働く専門職と比較してそれほどの教育を受けていないので、フルタイムの仕事が減少すれば不安定になる人もでてくる危険な状況だ。そしてここでの話は、その都度の単発的労働だけでずっと暮らしてきたUber、DoorDash、Lyftのようなアプリを通して稼いできて、困難な状況だと思っているギグワーカーなどは考慮されていない。しかし労働者が力を持つ時代はこのような労働者の助けにもなっている。ニュージャージー州やイリノイ州では、10年にわたる要求運動が実って、臨時雇用から正規雇用に変更されたり、それ以外にも労働者が危険な労働条件に対して訴えることができる法律が成立した。パートやフリーランスの仕事を捜す教育を受けた労働者にとっても、ライフスタイルは少し楽になった、とエスピノザは言う。アフォーダブル・ケア法（Patient Protection and Affordable Care Act）が2010年に成立して、人々が健康保険を購入できる市場ができた。パンデミックの間に300％成長して50万の組合員数になったフリーランス労働組合は、ニューヨーク、シアトル、ミネアポリス、ロサンゼルスの各市で、フリーランサーが適時に賃金を支払われなかった場合には行政に訴えることができる法律の通過に努力した。もちろん経済の不況期にはフレキシブルな仕事は魅力がなくなるかもしれないし、労働者が高齢化したり子どもができたりすれば、健康保険や有給休暇があるフルタイムの魅力には抗し難いかもしれない。しかし状況が違えば存在しなかったであろう仕事を自由裁量の仕事は可能にしてくれた、と多くの労働者は思っている。たとえばマーニー・クンツは、自分でフィットネス・ビジネスを経営していたが、パンデミックで閉鎖することになった。彼女はパニックになって200の仕事に申し込んだがどれも上手くいかなかったので、ファイバーや他のサイトを訪れて、フリーランス・ライターとして検索エンジン最適化（SEO: search engine optimization）とブログを手伝うことになった。パンデミック以前に稼いでいたのと同じ額を稼いでいるが、自分の時間をずっと自由に使っている、と彼女は言う。またフィットネス・ブログを始めて、そのブログを促進するために検索エンジン最適化戦略を適用して、そこで広告料も稼いでいる。フィットネス・ブロガーの役割やSEOコンサルタントの仕事は、自分が必要に駆られて立ち上げなければ存在しなかっただろうことを彼女はわかっている。今となっては他の仕事をすることなど考えられない、と言う。（6月15日） Prime Minister Fumio Kishida Is Giving a Once Pacifist Japan a More Assertive Role on the Global Stage 《岸田文雄首相は、一度は非戦論の立場に立ったはずの日本に、世界の舞台でより積極的な役割を与えようとしている》・・・② 岸田は平均的な学生で、法学部の入試に3回失敗した。銀行に就職したあと、1993年に政界入りした。数々の内閣の職責を経験したあと、2012年に外務大臣に指名されて歴代最長の5年を務めた。様々な派閥に配慮した水面下での政策調整役をこなし、合意形成役の評判を高めた。岸田は忠告には耳を傾けるが、いったん決めたら揺らぐことはない、と側近たちは言う。首相としては並外れた働き者であることを証明した。首相に就任して以降、岸田は16ヵ国を目まぐるしく歴訪した。首相官邸の丸天井の大広間でタイム誌と同席した次の日には、アフリカ4か国との会談に向けて出発した。自分のための時間はほとんどない、と側近は言う。「（国会が）閉会した後に少しでも時間があれば、ゴルフを楽しみたいですね」と言って岸田はにやりとした。しかし内政の最前線においては、すべてが順風漫歩というわけではなかった。安倍葬儀挙行の決定に対する反発が、費用の面からも、安倍の偏向的な思想からも沸き起こり、その後の支持率は急落した。昨年暮れに、様々な不祥事を理由に２か月のうちに４人の大臣を解任した。2月には、国民の大多数が合法化を支持しているにもかかわらず、もし同性婚が合法化されたら「かなりの人がこの国を離れるだろう」と発言したとして、側近の秘書官を更迭した。「多様性が尊重される社会の実現」に取り組んでいく、とタイム誌の質問に応えている。その後には岸田の支持率は上昇し、自民党は4月の地方選で主要議席を勝ち取った。「彼は人を鼓舞するリーダーではないかもしれません」とテンプル大学アジア研究学部長ジェフ・キングストンは言う。「しかし自らの政治課題を押し進めるという観点からいうと、かなり力があることを証明しています」岸田の政治課題は野心的だ。日本は世界第二位の教育レベルであり、最長の平均寿命、最低の殺人事件発生率、低い失業率、そして稀有なほどスムーズな政権移行を誇る。1980年代には、日本は米国よりも高所得だった。今では平均所得が40％低くなっている。岸田の使命は日本の復興だ。彼は広範な近代化政策に乗り出し、国内初のカジノ建設や、物流幹線道路である新東名高速道路に自動運転車輛専用レーンを設置することを認可した。岸田の国内政策は個別世帯の所得を押し上げるために示された、未だ不透明な「所得倍増計画」にかかっているが、彼の掲げる政策の大きな問題は、富裕層を排除しないかたちでの再分配をいかに実現するかだ。日本の赤字国債発行率はGDP比256％であり（米国の約2倍にあたる）、岸田が国債を発行し続ける余地はほとんどないといえる。岸田が株式譲渡や配当利回りに対する税率引き上げを口にしたとき、日本の証券取引が暴落した。「右派主流の支持を得るには、岸田氏はかなり慎重にやる必要があります」と東京の早稲田大学教授で元国会議員の中林美恵子は言う。岸田はまた雇用の安定した職場に女性や高齢者をもっと就かせたいと考えている。世界経済フォーラムが行う2022年ジェンダー・ギャップ報告で日本は146か国中116位であり、先進国の中では最低だ。しかし岸田政権は2030年までに大企業の重役に占める女性の割合を30％にする目標をたてているが、「その目標を実際に達成するためにどんな行動計画をたてるのか、政府は明確にしているとは思いません」と女性社長を有するの日本では最も貴重な企業、サントリー食品インターナショナルのCEO小野真紀子は言う。結局のところ、日本は米国よりも30％以上低い生産性にとどまっている。官僚制を排して効率性をあげるようにと岸田はデジタル省に命じた。ファックス、フロッピーデスク、押印など、時代遅れの手法を必要とする業務規定を9000も見つけた、と河野太郎デジタル相は言う。しかし日本の人口1億5200万に対して800人のデジタル省職員を有しているに過ぎず、「省は絶望的なほど人手不足だ」と河野は不平を言う。それは無謀なチャレンジだ。どこであっても先進国なら第四次産業革命を歓迎することは重要であり、特に「世界で前例がないほどの」人口減少と高齢化を経験している日本であればなおさらです」と岸田は言う。「これは生存をかけた問題です」それは広島で開催されるＧ7に占める生存をかけた脅威とは違ったものであり、広島ではサミットを盛り上げるポスターが街中の看板や自動販売機に張られ、大きな主要駅にはカウントダウンする時計がとりつけられている。日本はアジアで初めてとなる国連安保理の議席（訳注：常任理事国入り）は断たれて、常に経済圏の形成に力を入れてきた。岸田の出身地である広島でＧ7を開催することは彼の「長年の夢」の実現になるだろう、と岸田に近い官僚は言う。広島G7 は岸田にとって日本が真の世界的指導者の座を射止める最高のチャンスであるだけでなく、国会を解散して内閣改造を狙うための基礎として、何とか国内支持率を上げたいというバネに使うことでもある。 1月に、岸田はG7参加国の英国、フランス、イタリア、カナダ、米国を、彼の課題への支持をとりつけるために駆け足訪問した。岸田はまたインド首相ナレンドラ・モディと韓国大統領尹錫悦( ユン・ソンニョル)をオブザーバーとして招待した。リスクは高かった。「ウクライナや台湾問題に顕著なように、世界秩序の先行きがまったく不透明な時期に、G7の力を発揮しなければその存在意義はなくなります」とキングストンは言う。しかしG7の挑戦的姿勢に誰もが同意しているわけではない。サーロー節子は1945年8月6日をはっきりと覚えている。当時13歳の彼女は、第二次大戦を戦う日本の機関で連合軍の通信を傍受した暗号を解読する手伝いをしていた。午前8時15分、窓を通して青白い閃光が走るのを見た。そこは軍本部として使われていた木造の建物で、現在は東広島郊外にあたる。爆弾は1マイル先で7700℃の熱さで爆発した。「吹き飛ばされて、体が宙に浮いて漂っている感覚でした」と彼女は言う。黒焦げになった柱の下から這い出したとき、「人の形をしているようで、実際には人間ではない何かが動いているのが見え始めました」とサーローは振り返る。彼女は2017年に核兵器廃絶国際キャンペーン（ICAN）を代表してノーベル平和賞を受賞している。「それは幽霊のようでした」広島、そして3日後の長崎への原爆投下で17万人もの命が犠牲になった。岸田政権の下で日本がさらに軍国主義化していくことに「危機感を感じている」とサーローは言う。「彼の最優先課題は核兵器のない世界に向けて努力することだ、と（岸田は）言いました。でも今、彼は私たちを欺いているのだと思っています」岸田はタイム誌に、自分は世界の非核化に取り組んできたし、現政府は「核武装を口にしない」と言った。そしてG7 参加国は間違いなく、広島平和祈念館と原爆ドームへの痛苦な訪問を体験するだろう。原爆ドームは爆発後も立っていた数少ない建物の一つであり、今も破壊された瓦礫が散らばり、アザレアが並び咲く生垣で仕切られている。岸田が3月に訪れた壊滅的なブチャの街と広島を岸田は直線で結び、トレードマークの沈着さには似合わない口調で「その残虐行為に対する大きな怒り」を語る。「自分にとっては衝撃だった」というウラジミール・プーチンが繰り返す核戦争の脅しに潜む真の恐怖を、彼はＧ7に知ってほしいと思っている。そうだとしても、岸田がロシアだけに目を向けている、と思うのは読み違いだろう。彼の思惑は、ウクライナがアジアの問題であるように、台湾はヨーロッパの問題なのだと伝えることであり、4月にフランス大統領エマニエル・マクロンが台湾について尋ねられたとき、「自分のものでもない危機にヨーロッパは関わり合うべきではない」と応えたことに反駁しているのだ。岸田にとっては「ロシアのウクライナ侵略は遠くで起きた問題ではない」と言う。「力による一方的な現状変更の企みは、たとえ世界のどこで起きようとも許されるべきではないのです」中国の対抗的姿勢について尋ねられると、11月に持った習との首脳会談で形成された「前向きな動き」を基礎にして積み上げていく必要がある、と外交儀礼的態度で岸田は言った。しかしながら「現在中国がとる対外姿勢や軍事的傾向は深刻な懸念材料だ」と認める。岸田政権の閣僚はもっとはっきり言う。ロシアや北朝鮮よりも「もっと大きな脅威は中国からきている」とかつて外務大臣と防衛大臣を務めた河野は言う。「経済的威圧と同様に、台湾などへの軍事行動に対しても準備する必要があります」米国政府は同意する。この数か月、バイデン大統領は日本、韓国、フィリピン、オーストラリアとの共同軍事演習を強化している。防衛問題を支援するだけでなく、中国への技術移転問題を阻止することも岸田に圧力をかけてくるだろう。一方中国政府は、国際関係の新たなフォーラムを形成しながらグローバルサウスに秋波を送り始めていて、国営メディアはそれをXivilization （訳注：Xi+civilization 習の文明化）と銘打っている。それはますます熱を帯びてくる世界観の衝突だ。広島での岸田の使命は、焦土と化した街の瓦礫や折り鶴に目を注ぎ続けることだろう。死者の霊に思いを語らせるために。（６月１日） Prime Minister Fumio Kishida Is Giving a Once Pacifist Japan a More Assertive Role on the Global Stage 《岸田文雄首相は、一度は非戦論の立場に立ったはずの日本に、世界の舞台でより積極的な役割を与えようとしている》・・・① 日本の首相公邸は気味が悪いところだ。米国の建築家フランク・ロイド・ライトに影響を受けた様式で、東京の中心にある石とレンガ造りの豪邸は、建設されてから約３年後の1932年に海軍将校たちが乱入して、当時の首相犬養毅を暗殺した場所だ。その4年後には別のクーデターが起こり、岡田啓介首相は押し入れに身を隠したが5人が犠牲になり、建物のアールデコ風の壁には今でも多くの銃痕が残ってる。そんな邪気は海を渡ったようで、1992年に米国大統領ジョージ.H.Wブッシュが官邸晩餐会で体調を崩し、宮澤喜一首相の膝に嘔吐したあと気を失った。聞くところによると神道の神主が厄払いをしたが魑魅魍魎たちはその中に密閉され、９年間首相は一人もそこに住まなかったが、岸田文雄首相が2021年10月に首相就任した直後に移り住んだ。「この建物の中で幽霊に会うぞ、と前任者から脅かされました」と赤い絨毯が敷き詰められた部屋で持たれたタイム誌の独占インタビューで、壁に掘られた印象派のモチーフを眺めながら岸田首相は言う。モチーフの中にはずいぶんと恐ろしい形相の石の彫像が幾つか混じっている。「もちろん古い建物ですから、時折物音が聞こえます。でも幸いまだ幽霊には出会っていません」岸田はむしろ現世の問題で手が一杯だ。国内政策では、再分配を通して中流層を育てるための「新しい資本主義」に岸田は乗り出した。国外政策においては、東アジア諸国の外交関係を抜本的に変えていくことに着手した。つまり韓国との歴史的軋轢を鎮め、米国を始めとする国々との安全保障同盟を強化し、防衛費を50％以上増額しようとしている。増強する中国の軍事力を抑制するために、有力なパートナーを切望する米国政府に煽られて、世界第三位の経済力に見合うだけの軍事的プレゼンスをもった世界大国へと復活していこうというのだ。かといって、岸田が亡霊に憑りつかれていないと言っているのではない。彼の一族は南部の広島市出身で今も広島選挙区の議員であり、1945年に米国が落とした原子爆弾で何人かの親戚を失っている。幼年期の思い出には、祖母の膝に座って困窮する街の様子や地元の人たちが苦しんだ恐ろしい話を聴いたことがある。「広島の街とそこに住む人々が言いようのない凄まじい経験をしたことは、私の記憶にクッキリと刻み込まれています」と彼は言う。「このような幼年時代の経験が、核兵器のない世界を・・・追求する私の原動力になっているのです」 5月19日から21日まで開催されたG7の各国首脳を岸田は広島に招いたのだが、共有された決意こそが、ますます好戦的になるロシア、中国、北朝鮮の独裁主義の脅威に立ち向かうことができるのだということを、広島が持つ悲劇の歴史をテコにして世界列強の民主主義国家に確信させるだろうことを望んでいる。東京はキーウから5000マイル離れているかもしれないが、ウクライナでの戦争はさらに絶望的な世界を日本に警告している。特にロシアとの間には領土や海域の領有権争いを抱えているし、定期的に北朝鮮の弾道ミサイルが上空を飛来する日本なのだ。日本にとってさらに憂慮されるのは自由地区台湾島に対する中国の強硬姿勢であり、強権的な習近平国家主席は台湾を併合すると繰り返し宣言している。米国下院議長ナンシー・ペロシの台北訪問に腹を立てた中国が昨年夏に軍事演習を開始して、5つのミサイルが日本の排他的経済水域に落下したが、その海域や空域には中国の船舶や航空機が頻繁に侵犯している。これらを背景にして、12月に岸田は第二次世界大戦以降最大の軍事力増強を発表したのだが、大戦後は日本と同様に肩身を狭くしていたドイツを含めて、欧州全体が軍事費を増強していることを反映している。この責任分担によって2027年までに防衛費をGDP比2％まで引き上げることになり、そうなれば日本は世界第三位の防衛予算にのし上がる。日本の歴代首相は国際的制裁に同調することを躊躇してきたが、岸田は米国主導の制裁に即座に加わった。それは日本の元首相安倍晋三がずっと唱えてきた変身だが、その安倍は岸田と同じ保守系の自由民主党（LDP）に属し、7月の選挙遊説中に暗殺された。しかし安倍はタカ派であったがゆえに対立を呼んだが、岸田は穏健な性格なので大した抵抗もなく安全保障改革を実行できた。とはいっても日本の軍事大国への復活に対しては議論がないわけではない。日本には平和憲法があるし、すでに一触即発にある地域安全保障の様相の上に日本が軍備増強すればさらに油を注ぐことになる、と批評家は言う。また中国が日本の最大の貿易国であることを考えれば、中国がすぐにでも経済的報復をしようと身構えていることを承知の上で、米国に対抗するこの強大な相手国にさらなる圧力を加えながら、岸田が野心的な国内政策に予算をいかにして確保できるのかは明確ではない。もっと根本的なことには、核のない世界に向けて努力するという岸田の長年の誓いと日本の再軍備に齟齬がある、との反対意見もある。一方首相の立場としては、広島のような悲劇が二度と起こらないようにするのが自分の唯一の目的だ、と言う。「今日のウクライナは明日の東アジアなのです」首相就任後すでに、温和な政治家という評判を裏切る劇的な事件に岸田は遭遇している。4月15日、岸田は首相公邸を徘徊する亡霊たちの仲間入りをかろうじて逃れた。選挙遊説中の首相に手製のパイプ爆弾が投げつけられ、1人の警官が負傷するという事件が起きた。事件について尋ねられたとき「私は政治の世界に生きているんです」と岸田は軽くかわした。「この種のできごとや事件などは起こるでしょう」 18か月前に首相に就任した時には、着実だがさして目立つところがない、スキャンダルには無縁だが大した業績もない政治家だと思われていた。彼の父も祖父も国会議員であり、幼少の一時期を米国で過ごし、クイーンズの公立学校に通った。クラスは多文化、多言語で満ち溢れ、意思疎通は「非常に困難」だった。しかしこの経験によって「他の人たちの考えを注意深く聴くことが重要だと思い知ったのです」と彼は言う。「子どもの頃、アメリカを合衆国たらしめているものに刺激されていました。それは自由の尊重と溢れるエネルギーです」（6月１日は⑨まで読みました）（5月18日） The Historic-and Entirely Predictable-Indictment of Donald Trump ≪歴史的な、そして十分に予想できたドナルド・トランプ起訴≫・・・② ほとんどの大統領は傷心と後悔を抱えて大統領辞任後の生活に入る。絵画に執心する者もいれば、償いのために身を捧げる者もいる。「私たちはみんな悲しみを抱えています」とジミー・カーターは私に言った。あるいはそれが懺悔のように響くのは、歴代大統領は、大統領だった時に自分が成したこと、あるいは成しえなかったことに身を苛まれながらホワイトハウスを後にすることが多いからだ。図書館や財団設立、そして慈善事業、回顧録まで書く元大統領もいるが、そのような活動は釈明としての、または贖罪としての意味を持ち、そうしながら大統領時代の功績は定着し確固としたものになっていくのだ。そんな国民への奉仕は、政治あるいは改悛の名の下に行われたとしても、現代の歴代大統領にとっては例外というよりはむしろ常識だった。だからこそドナルド・トランプがいずれは直面するだろうと予期されていた法的責任を問われる時期がきたとき、それはトランプが破壊するもう一つの常識になる。トランプが起訴される初めての大統領になるのは歴史的なことであり、同時に十分に予想されたことでもあるが、さらに今後もあちこちの司法管轄区で数多くの犯罪に対して、トランプは第二、第三、いや第四の訴追を受ける大統領になる可能性がある。トランプが大統領退任後の立場を、国民の利益に奉仕する機会だと考えるようなことはまずあり得なかった。大統領就任中であっても、そんなことは頭になかったのだから。大統領の職責の重さや大統領が授かった義務を感じる姿勢を決して示したことはなかった。むしろ大統領という地位は富を生み出す場所であり、恐喝や自己満悦を好き放題にできる場所だった。大統領退任後というのは、本人の言によれば「正当な労い (retribution)」を受ける時である。それに「売り込み」もだ。（訳注 : retributionには返礼と同時に天罰の意味もある）さらにそれはトランプが今も加え続けている危害、つまり米国大統領の威厳に泥を塗りたくっている軽率な行為だ。他の歴代大統領も完璧ではなかった。しかし破壊者などいなかった。他の大統領たちも選挙を救済しようと努力をしたが、ポルノ女優に口止め料を支払って救済しようとした大統領など私たちは知らない。他の元大統領たちは忠実な支持者たちを讃えはするが、暴動で投獄された支持者を讃えたりはしない。歴代大統領は自分たちの業績をもって、高額な講演料を受け取って懐を肥やしたが、犯罪者の顔写真をフィーチャーした商品を売り出そうと思いつく大統領はいないだろう。以上のことをもってすれば、私たちの悲劇はますます深まるのだ。当初からトランプを信じて支持してきた何百万もの人たちにとって、法による統治を擁護するためには、彼を擁護する必要がある。何百万という有権者もまた、社会規範を破壊している。もしトランプの選挙運動が、彼の起訴直後に勢いを増して献金が流れ込んできたことの事実を語っているとしたら――その額は起訴後24時間以内に400万ドル、その内の100万ドルは初めての寄付者からだと彼らは言う――そうだとしたら、私たちが彼に与えたご褒美相応のしっぺ返しを、私たちは受けとることになる。トランプは以前から人々が持っていた欠落感や欲求を上手く利用することによって、さらに資金を肥やしてきた。荷役労働者や車列をことごとく報道するメディアは、人々の需要に応える形で報道する。メディアもまたそんな需要を助長しているのだ。十分にわかっていながらトランプを殉教者に仕立て上げる共和党議員たちには、シニシズムですらあきれて後ずさりする。（第三記事） Inside the Billion-Dollar Effort to Clean Up the World’s Most Romantic River 《世界で最もロマンチックな川を掃除する数十億ドル級のプロジェクト》パリ南東部の住人たちにとっては、アウステルリッツ駅の背後でガラガラと音を立てて行き交うダンプカーは何か月も続いている騒音公害だ。しかしパリ市行政当局にとっては――また多くのパリジャンにとっては――遮断壁の向こうで歴史が開花しているのだ、と思いたい。阻まれた野望があり、曖昧な約束があった幾年かの後、フランスの首都は、パリ市が言うには、主要大都市にとって類い稀なる偉業を成し遂げようとしている。一度はひどく汚染されてしまった水路を、もう一度泳げるまでにしようというのだ。２月にパリ市はタイム誌を招待して、現場の遮断壁の向こうにある回転ドアをくぐり抜けて、世界で最も有名な川に数えられるセーヌの浄化工事現場をつぶさに見せてくれた。浄化地域はバーガンディーからパリを抜けてノルマンディの海に至る481マイル。実に、古代ローマ時代に建造されて以来、セーヌ川はパリのシンボルだった。中世に商業が初めて生まれたのはこの川岸一帯であり、人々がそこに住み着いて、かつてはその規模を競い合ったリヨンやマルセーユといった大都市をついには凌駕するまでになった。世界有数の建築家がエッフェル塔やノートルダム大聖堂、そしてルーブルやオルセーの美術館を建設したのもこの岸辺一体だった。これらの見事な建造物は毎年何百人もの観光客を呼び寄せ、パリ市の中央を細くなって流れるセーヌの川下りを楽しませる。だからこそパリ市はセーヌ川を浄化する重要性を強く自覚し、近代都市を古代の歴史へと誘う方法だと考えている。都市計画を担当するエマヌエル・グレゴール助役は、「セーヌ川があってこそパリが生まれたのです」と言う。 14億ユーロ（15億ドル）のプロジェクトが計画通り来春に完成した暁には、1世紀ぶりにパリ市民がセーヌ川で泳ぐことが合法化されるだろう。（1923年にパリ市は水質汚染の深刻さゆえに、エッフェル塔が見下ろす川での遊泳を禁止した）「エッフェル塔の真下で泳ぐのはとてもロマンチックでしょう」とグレゴールは言って、巨大な、とてもロマンチックとは言えない雨水貯水槽のところまでタイム誌記者を案内した。それはセーヌの浄化にとってはなくてはならないものだった。近年、チューリッヒ、ミュンヘン、コペンハーゲンのような比較的小規模なヨーロッパの都市では、都市部での遊泳を解禁している。ベルリンのスプリ―川やアムステルダムの運河では、頻繁に都市間の合同会議を開いて何が必要かを話し合いながら、遊泳できるようにするための取り組みが進んでいる。もしセーヌを遊泳可能にできれば、パリ市は都心で遊泳できる地域を有する世界初の大都市になるだろう。「それが夢なんです」と彼は言う。またセーヌ浄化はあちこちで同じようなプロジェクトの立ち上げを促すことになる、と言う人もいる。「セーヌ川は文学史上で最もロマンチックに描かれてきた川です」とダン・アンゲレスクは言う。ダンはパリとロサンゼルスに事務所を置く水質管理技術会社フルイディオンを設立し、2016年から両市で毎日汚染度を計測している。彼が言うには、セーヌの浄化は「明らかに人々に大きな情緒的影響を与え、他の都市を鼓舞する役割を果たすに違いありません」ロサンゼルスは2028年にオリンピックを開催するので、セーヌ浄化を学ぶために水質衛生担当官をパリに派遣した。パリ市がいかにしてセーヌ川を浄化するのかをどんな都市が見ていますか、と尋ねられたアンゲレスクは「みんなが見ていますよ」と答える。しかしパリジャンにとっては、世界に模範を示すことなどは、今再びセーヌ川で泳ぐという具体的な恩恵に比べたら大したことではないかもしれない。環境的な利益があるのだ。パリ市は、何十年もの間衰退してきた漁獲高を回復させ、水生植物を蘇らせると予測している。セーヌ川で遊泳できるようになれば、パリジャンは夏の猛暑から逃れることができる。2019年にパリ市は108.6℉（42.6℃）を記録した。さらに経済的効果への期待も膨らんでいる。2024年オリンピック開催権獲得戦略でのセーヌ川の浄化は重要な要素であり、オリンピックの開催はフランス経済を107億ユーロ（114臆ドル）押し上げ、25万の雇用を創り出す、とフランス中西部にあるリモージュ大学のスポーツ法・経済センター（CDES）による2017年研究は言う。セーヌ川を浄化しようという考えは今に始まったものではない。1990年当時のパリ市長で後にフランス大統領になったジャック・シラクは、セーヌ川の浄化を開始して「３年後」に自分が泳いでみせる、と公言した。何年か経つうちにそんな考えは萎んでいき、壮大な野望を果たさぬままに2019年にシラクは亡くなった。今回違っているのは、オリンピックという差し迫った期限があることだ。現パリ市長アンヌ・イダルゴは2024年オリンピック招致を手に入れた2016年のプレゼンで、1100万の人が暮らす広大な都市パリは、2024年までに抜本的な環境改善を実現するとの約束を発表した。彼女の招致アピールの核心は、1900年に初めてパリでオリンピックを開催した時と同じように、オリンピック選手がセーヌで泳げるようにする、というものだった。「2015年からこの計画を懸命に推し進めて、オリンピックの恩恵を享受しようと決意していました」とグレゴールは言う。「それはほんとうに開催候補地にとって重要な要素でした」トライアスロンの水泳部門である10キロの遠泳とパラリンピック水泳の１種目のスタート地点をセーヌ川にする予定で、その場所はパリ中央にある19世紀に建てられた華麗なアレクサンダー三世橋の下に位置する。また開会式にはオリンピック競技場を使うという国際的常識を度外視し、セーヌ川に式典の舞台に設定し、その沿岸に並び立つパリの景勝地を眺めながらパリ市の6キロメートル（3.7マイル）を下って遊覧する小型艦船のデッキで選手たちはゲームを開始する。「我々はそのモニュメントや文化や歴史を利用する必要があるのです」とオリンピックをセーヌ川の中心に据えることの意義についてパリオリンピックの責任者トニー・エスタンギューはタイム誌に話した。パリ市北東部にあるフランス最大の競技場の７倍以上を収容できるセーヌ沿岸には、60万人を超える観客が期待されている。オリンピックが終わった１年後の2025年にはセーヌに26の新しいプールがオープンし、パリ市民が利用できるようになるだろう。そのうち４つはパリ市中心部に建設される。プールは、激しく行き交う貨物船や廃棄物運搬船、そして年間約700万人という観光客からも遮断される。このような変化は、何世紀もの間この川をダメにしてきたパリのすべての汚染源からきっぱりと決別することを意味する。その中には、16世紀に起きたプロテスタントとカトリックの宗教戦争で殺害された人たちの死体を投げ込んだり、もっと最近ではTVセットやオートバイなどの大型ゴミを何十年も投棄してきたことがある。セーヌ川から年間360トンの大型ゴミが引き上げられる、とパリ市西部郊外のオード・セーヌ行政区は言う。しかし近年最大の汚染源は、何トンにもなる産業排水や家庭排水が汚染水となってセーヌ川へ流れ込むことだ。幸いにも近年のインフラ整備の結果、2022年にセーヌに流れ込んだ未処理の廃水は、20年前と比べて90％減少した、とパリ市は言う。この進展にもかかわらず、汚染は今も問題になっている。昨年には190万立方メートルの未処理の排水がセーヌに流れ込んだ。特に豪雨が襲った時などには、パリ市の下水網が満杯になって街に溢れ出るのを回避するために、これらの水量全部をセーヌに排出する必要があるのだ、と行政当局は言う。 150年程前に、ナポレオンの都市計画担当官ジョルジュ・ユージン・オスマンが壮大なパリの改築を断行し、1860年代では最先端技術のインフラを設置したが、今ではすっかり古びてしまった、とパリ市の主要衛生事業の主任技術者サミュエル・コリン＝カニベズは言う。たとえばオスマンのやり方は、統合型下水システムで、排水と暴雨による大通りからの激流が一緒になって同じ下水システムに流れ込むというものだった。1980年代以降、近代化の取り組みがなされてきた。排水口は自動化され、バルブによって調整されるようになった。これによって未処理の排水がセーヌ川に流れ込む量は大きく減少したが、問題が完全に取り除かれたとは言えなかった。老朽化した下水網と新しい下水網の組み合わせと、飲料水や光ファイバーケーブルなどをすべて運ぶパイプは、パリ市の歩道や大通りの地下に張り巡らされたインフラの迷宮のようになった。コリン＝カニベズはこれを「小さな博物館」と呼ぶ。このごちゃ混ぜのインフラの中でどのように過剰な雨水の流れを変えて、産業排水や家庭排水がセーヌに流入しないようにするかを考えることは、費用もかかり複雑な技術的問題になっている。現在の解決策は、パリ市南東部の地下に巨大な雨水貯水槽を建設するというもので、アウステルリッツ駅の近くの塀に囲まれた工事現場の向こう側にある。そこでは、地下に向かって掘られた急角度の螺旋階段がコンクリート壁の中にぽっかりと大きな口を開けている。2月初旬にタイム誌記者が訪れたとき、2台のブルドーザーが忙しく地下深くへと掘り進み、真っ暗な穴の中に明かりが点滅し、エンジン音が会話をかき消した。その構造は巨大で、オリンピック競技用プールのおよそ20個分の大きさがあり、45000立方メートル（1000ガロン）の雨水を蓄える。来春に完成すれば、幅50メートル（164フィート）、深さ34メートル（111.5フィート）になり、その重要な任務の一つは、豪雨の時に奔流する雨水を蓄えてパリ市の下水網を満杯にしないことであり、そうすれば現在起きているような事態、つまり未処理の排水がセーヌに流れ込んだりしないようにすることだ。このプロジェクトが完成すれば、トンネルが雨水の貯水槽（フランス人はお椀と呼ぶ）を真っすぐに横切る川の土手とつながり、下水道から分岐させる。そこからゆっくりと下水網へと排出され、流れを下ってパリ市の下水処理工場へと送られ、ついには自然の流れに任せてセーヌへと流れ込む。セーヌを変貌させようとするパリ市が直面している難題は、米国にあるような旧市街地区でも同じだ。米国は1972年に水質保全条例を策定し、1983年までにすべての河川や湖で遊泳できるように、また魚釣りができるようにするという目標を掲げた。しかしその期限を40年過ぎても完成からほど遠く、時代遅れの監視設備や緩い基準を責める者もいる。それほど長い時間がかかっているのには理由がある。世界最大級の都市のほとんどは、近代的衛生処理システムが都市計画の中に組み入れられる以前に建設された。「新しい衛生処理システム全体を設置することなどできません。途轍もない費用がかかります」フィラデルフィアのビラノバ大学で都市河川工学を指導するロバート・トレバー教授は言う。たとえばその地域では何年もの間、デラウェア川の下水処理システムを改築して、遊泳できるようにしようという計画を持っていました。パリのセーヌ川のように、デラウェア川は市街地域の真ん中を流れている。しかし何十年にわたる予算削減や政治利用によって進展が阻まれてきた。「20年計画を立てるのですが、その20年が過ぎるとまた次の20年計画を立てるのです」とトレバーは言う。「ほんとうに実現するのかどうかわかりません」タイム誌記者と一緒にセーヌ川改良計画を見て彼は言う。「パリ市の計画そのものは別に目新しくはありません。でも、本気でやるという点が新鮮なのです」とはいっても、セーヌ川浄化というのはパリ市当局にとって最後の挑戦にはならないかもしれない。オリンピックの後に開設されるセーヌ川沿岸の26のプールで泳いでも安全だと、パリ市民が感じる必要がある。何年も川の水が大腸菌や腸球菌にひどく汚染されていたし、特に豪雨のせいで川の一部が汚染されたりすることがあるので、市民は浄化をあまり信頼していない。オリンピック委員会が開催地に予定しているパリ市中央部のセーヌ川の大腸菌を昨年夏に水文学者が調べると、水質サンプルの90％が泳いでも安全なレベルだった、とパリ市は言う。最近パリ東部のラ・ヴィレット運河沿いにパリ市が建設した3つのプールが2016年夏にオープン予定だが、それがセーヌで泳いでも安全だと人々が信頼する助けになればいい、と市は願っている。毎日水質検査をしている、とグレゴールは言う。「私たちは何とか95％の確立でプールを開こうとしています」と彼はいう。 2021年に世論調査会社IFOPが1000人の市民に、セーヌ川についてどう思うかと尋ねたところ、汚い、汚染されている、匂いがするといった悪いイメージの解答が70％だった。今のところ市は挫けてはいない。近年の排水処理技術の向上があってこそこの計画は成り立つし、セーヌで泳げるようにもなる、と彼らは信じている。「セーヌ川で泳げるようにすることによって、それこそ最高の模範を示すことになるのです」（最後まで訳しています）（5月1日）（第一記事） Inside Ukraine's Push to Try Putin for War Crimes ≪プーチンを戦争犯罪で裁こうとするウクライナの追及≫ ウクライナ大統領府副長官のアンドリー・スミルノフの執務室には、机の上に広げられた指名手配のポスターが、いわばミッションステートメント（使命記述書）として置かれている。このポスターには大統領ウラジミール・プーチンに指導された5人の高官の顔があり、その隣にはウクライナが彼らに突きつけた犯罪を書き連ねたリストがある。侵略、戦争犯罪、人道に対する罪である。「私たちは意識を喚起するために印刷したのです」と机の周りをゆっくり歩きながらスミルノフは言う。彼の執務室は大統領府の3階にあり、1階上は彼のボス、ウォロジミール・ゼレンスキー大統領の執務室だ。「プーチンを裁判にかける以外には考えられません」と彼は言う。問題はどこで、誰の権威の下でそれをやるのかだ。ゼレンスキー内閣の法務省のトップにいるスミルノフ（42歳）は、この1年思いもかけない道を歩んで来た。どこかの法廷で、プーチンを被告席に座らせるために。ウクライナと最も関係が深い同盟諸国が度々妨害してくるという、その一歩一歩が苦痛に満ちたものだった。しかし国際法の経験などないスミルノフだが、目覚ましい進展を成し遂げた。去年の秋に彼は言った。「誰も裁判のことを私たちと話すことさえしたがりませんでした。今、文明世界がいかに急速に目覚めているかを見てください」3月16日に国連人権高等弁務官事務所と協力した調査活動は、ロシア軍が人権に対する犯罪を犯した、と報告したのだが、それは国連安保理事国に対して国連組織が問責するという稀有なものだった。その翌日、ハーグ国際刑事裁判所（ICC）はプーチンにもう一つの罪状で逮捕状を出した。それは大勢のウクライナの子どもたちをロシアに連れ去った犯罪に関するものだった。その後2週間も経たないうちに米国が、すべての戦争犯罪の元凶だと一部の学者たちが指摘するところの、侵略の罪を問う裁判にプーチンをかけるべきだという計画を口にし始めた。このような進展のいずれも、ゼレンスキー、スミルノフ、そして彼らのチームが考える正義を達成するとは思えない。ICCの逮捕令状は、積極的にプーチンを逮捕しようという国に本人が出かけない限りは無意味だろうし、米国が設置を計画する「国際的国家裁判所」も未だ形が見えない。プーチンが回避したり無視したりするのは簡単だろう、と言う司法専門家もいる。それでもスミルノフや仲間たちは、一つの大きな突破口だと感じている。「裁判を開くことに関しては、半年前には不可能だと思える多くの難問がありました。現実にそれが手の届くところにあったのです」とスミルノフは言う。侵略の前には、大統領府でのスミルノフの仕事は、主としてさほど重要ではない事務処理だった。司法改革に取り組み、ゼレンスキーの署名を必要とする書類作成を手伝っていた。2022年2月24日、ロシアのミサイルがウクライナ全土に降り注いだその日から、そのような仕事の多くが変わった。大統領府の地下室に籠もりながら、ゼレンスキーと閣僚たちはウクライナの裁判所が乗っ取られるかも知れないことに気づいた。もしロシア軍が裁判所を占拠したら、ゼレンスキー政権を崩壊させ、ゼレンスキーの首をすげ替える傀儡政権を合法化するという正式決定を発布するだろう。それを阻止するために、スミルノフはキーウ裁判所のサーバールームに駆け込み、ウクライナ保安兵の力を借りてドアを蹴破った。中に入るやいなや、彼らは裁判所の内蔵コンピューター・ネットワークのプラグを引き抜いた。裁判所でそんなことをやるのは、敵のタンクの侵入を阻止するために橋を爆破する行為に等しかった。「権力機関の分立という原則から言えば、おそらくすべきことではないでしょう」と、裁判所のサーバーや引きちぎられて垂れ下がったワイヤーを写したその日の写真を見せながら、彼は言うのだった。「しかし緊急事態でした」 4月初旬になると、ゼレンスキー政権の法務省は新たな難問に向き合うことになった。ロシア軍がキーウ地区から撤退したあと、占拠されていた多くの場所でおぞましい残虐行為が明らかになった。ブチャの通りやキーウ郊外には、何十人もの市民の死体が放置されていた。その後も、街のあちこちの集団墓地で何百もの死体が見つかった。この大量虐殺のあと、裁きを求めるゼレンスキーの声は高まった。「責任は絶対にとらせる」と直接ブチャの戦争犯罪の証拠を目の当たりにしたその翌日2022年4月5日、ゼレンスキーは国連で演説した。国際法の下で、1990年代のユーゴスラビアやルワンダの内戦後にそうしたように、安全保障理事会は戦争犯罪を裁くための法廷を開くことができる。しかしウクライナの場合には機能しないだろう。なぜなら安保理常任理事国として、ロシアがあらゆる決定に拒否権を有しているからだ。スミルノフと彼の仲間はその代わりとなるものを探そうと、ナチ戦犯のニュルンベルク裁判を研究したり、ウクライナ全土の犯行現場や大量埋葬地から出た証拠をもう一度詳しく調べ始めた。「以前はホラー映画をわくわくしながら観たものでした」とスミルノフは言う。「でもこのようなものを観てしまった後では、発掘現場の報告を見てしまった後では、どんなホラー映画も冗談のように思えます」ウクライナの調査官たちは、8万件近くの戦争犯罪の報告を受け取り、ロシア軍兵士による戦争犯罪にあたる何千もの犯行を明らかにした。しかしプーチンを訴追する権限は、ウクライナ国内の裁判所にはないことをスミルノフのチームは知った。国家元首の立場にあるプーチンの法的免責権を剥奪するには、国際的権限を有する法廷に彼を引き出す必要があるだろう、と米国出身の元戦争犯罪のための無任所特使デビッド・シェファーは言う。最初、ハーグのICCは裁判を開く合理的な場所のように思えた。しかし1998年にICCの設置を定めた規定に123ヶ国が批准している中で、ウクライナとロシアは批准していなかった。米国も批准していない。2020年6月にトランプ大統領は、アフガニスタンで行った拷問を調査しようとしたICC指導部に対して制裁を発動すらしている。ウクライナはその代わりとして、ローマ規定が戦争犯罪と定めている侵略の責任をロシア政府にとらせるための特別法廷を設置する方針へと切り替えた。「これほど全容が陰惨極まるできごとにおいては、戦争開始の決定をすること自体が、すべての戦争犯罪の元凶なのです」とリヒテンシュタイン国連全権大使のクリスチャン・ベナウェアは言う。「それは指導部の、つまり侵略を命じた者たちの犯罪であり、彼らにその責任をとらせる制度がなければなりません」しかし誰がそのような法廷を開く権限を有するのか。ウクライナは193ヶ国から成る国連総会にそれを求めようと決めた。15ヶ国で形成される国連安全保障理事会とは違って、ロシアは総会で拒否権を持たない。2022年春夏を通して、スミルノフと仲間は何十もの国々や国際機関を訪問して支持を訴えた。しかし会談はしばしば苛立ちを覚えるものだった。侵略犯罪は、ウクライナや軍隊を持たないリヒテンシュタインのような、比較的小国で犠牲を被る側にはメリットがある。米国などの大国は、戦争開始時の判断を外国の法廷で裁かせることによる恩恵はそれほどないと考える。米国外交官たちは背後で、緊急時に米国政府がプーチンにコンタクトを取る時に裁判が邪魔になるかもしれない、とウクライナ高官たちに警告した。たとえば、戦争が行き詰まって核の使用にまでエスカレートした場合とか、と２人の高官は言った。平和会談の阻害要因になり戦争が長期化する、と他の高官は言った。ある欧州の高官などはウクライナを相手に、もしロシア側の判事を含むなら裁判は公平でバランスがとれているといえるだろうとさえ言った。スミルノフは冷静にこんな議論の相手をするのは難しいと思った。ロシア軍の行った蛮行の具体的証拠の数々が悶々とした中で積み上げられていったとき、多くの場合スミルノフは嫌みを言うしかなかった。「プーチンに挨拶状でも送って言おうじゃないか。おい、あんたは凄いやつだよ。頭が下がるよ。侵略の罪であんたを裁いたりしないよ」携帯をとる合間に彼は外国の高官と交わした会話を要約してみせる。「ビクビクせずに、力を合わせてプーチンに責任を取らせようじゃないか」 9月になると、このような努力は、スミルノフが言うところの精神的停滞状況に陥った。欧州機関や欧州議会は法廷を開くという考えを支持してきた。しかし国家元首たちとは、「対話する忍耐の限界に達しました」とスミルノフは言う。弁護士たちはもっと圧力を強めて、海外の指導者たちとの会談で裁判を支持するようにもっと強く働きかけるようにと、ゼレンスキーに頼んだ。ウクライナが戦場で優位にたったとき、ロシアに責任を取らせる見込みが強まった。 1月に欧州議会は472対19票で裁判を開くことを決議した。この決議は象徴にすぎないが、これが弾みになって、ウクライナがたった数十の賛成票しかあてにできない国連総会で打開の道が拓けるかも知れない、とウクライナ政府に希望を抱かせた。そこでのロシアの影響は一つの障壁だった。しかし同時に米国からの支持もまったくあてにならなかった。 2022年12月、議会はウクライナでの犯罪に関連した「調査と訴追」を支援する権限を米国政府に与えた。だが国防省は、米国官僚を訴追の危険に曝しかねない前例を作ることを怖れて反対を唱えた。（プーチンに対する裁判のためにICCに情報を提供するかどうかの決定がまもなくバイデン大統領に賦されるはずだ、とニューヨークタイムズは言う） 3月末には、スミルノフが目指す特別法廷がバイデン政権の支援を得られそうだった。3月27日の演説で、国際刑事裁判のための米国無任所特任大使ベス・バン・シャックが、国連ではなく、米国とその同盟国の支持を得てウクライナが開廷する「国際的国家裁判所」を米国は公認すると言った。「この種のモデルは侵略的犯罪の責任を取らせることにおいて、ウクライナが確実に指導性を発揮できるでしょう」と彼女は言う。この方法には大きな欠陥がある、なぜなら大統領の座にあるプーチンにはなお裁きを逃れる権利があるからだ、と何人かの司法専門家は言う。「不幸にして、このようなアプローチはプーチンの思うつぼだ」とクリントン政権当時にバン・シャックと同じ役職にあったシェファーは言う。「プーチンと彼の側近は、侵略的犯罪で訴追されることを意に介しません」このような動きは、米国政府が国連の権威の下に開かれる法廷を頓挫させようとしているのだ、と懐疑的な人たちは考えている。しかしウクライナは、これも開廷への一つの道だと考えている。数ヶ月前には、米国はロシア政府に責任をとらせるどんな裁判にも反対していた、とスミルノフは言った。国際法の下で開かれる裁判に権限を与える国連総会決議に対する希望を捨てていないし、この先の数ヶ月その議決に向けての支持を呼びかけ続けるつもりだ。「私たちは恐怖を乗り越えてきました」とスミルノフは言う。「これからの道はもっと楽になるはずです」（第二記事） The Historic-and Entirely Predictable-Indictment of Donald Trump ≪歴史的な、そして十分に予想できたドナルド・トランプ起訴≫・・・① この記事の筆者ナンシー・ギブスはタイム誌の記者であり副編集長。ショレンスタイン・センターのディレクターであり、ハーバード大学ケネディ校エドワードＲ・マロー高校客員教授。マイケル・ダフィと2冊の共著「The President’s Club : Inside the World’s Most Exclusive Fraternity（プレジデント・クラブー元大統領だけの秘密組織）」、「The Preacher and the Presidents : Billy Graham in the White House（訳者仮題：聖職者と大統領ーホワイトハウスのビリー・グラハム）」がある。一匹狼の富豪共和党大統領は、大不況の真っ只中で、一期をもって大統領府を追われ、政治的暴力に怯えている。調査されていたし、逮捕されそうだったとの噂もある。彼の民主党出身後継者に対しては冷ややかに、辛辣に、また唖然としながら、優雅なマンハッタン区のミッドタウンでじっくりと思案しながら、次に打つ手を考えている。しかしそれはトランプタワーでなくウォルドルフ＝アストリアホテルで、元大統領はハーバート・フーバーだ。しかしこの件に関しては、歴史は決して繰り返されていないし、韻も踏まれていない。フーバーは大統領職に敬意を払っていただけでなく、自分が退任した後も大統領職に敬意を払っていた。フランクリン・ルーズベルトが就任直後にバンクホリデー（公休日）施行を発表したのだが、そのときフーバーは、ルーズベルト大統領は「すべての市民の全面的支持を得るはずだ」と公言した。それから10年後、欧州で1億人の人々が餓死の危機にあったとき、ヘンリー・トルーマンは戦後の救済策を何とか実施するためにフーバーに援助を求め、この2人は一緒になって、20世紀のどんな2人がやったよりもおそらく多くの人々の命を救ったのだ。（５月4日は⑦’まで読みました）（4月20日） The AI Arms Race Is Changing Everything・・・② 《テック企業の熾烈な競争はあらゆるものを変えてしまうだろう》一方、Microsoft、Google、Metaはその間に驚くほどの熱狂的歓迎を受けていた。3社はいずれも何年もAIの重要性を強調してきたが、これほど凄い注目とアクセスがあったことに驚いたようで、今になって安全性よりも速さを優先しているように思える。２月にGoogleはChatGPTに対抗してBardの発売予定を発表し、New York TimesによればGoogleはその¡プレゼンテ！ーションで、AI技術を基礎にしたツールを発売する時には、会社が責任をもって引き受けるリスク評価を見直すと言ったという。そしてMetaの最近発表された四半期収支報告書で、CEOのマーク・ザッカーバーグは、Metaが「生成AI分野のリーダーになる」ことを目指す、と宣言した。このような激烈な競争の中で、AI技術が持つ誤謬と弊害の数は増加すると同時に、それに伴う反動もあった。GoogleがBardの公開実演を行ったとき、ウェブ宇宙望遠鏡に関する事実誤認を犯し、その直後にAlphabetの株価は暴落した。MicrosoftのBingも間違った結果を繰り返す傾向にある。DeepfakesはAIを使って本物そっくりの画像やビデオを作るのだが、嫌がらせや誤情報の拡散に使われている。広く出回ったあるビデオでは、衝撃的なほど本物そっくりのジョー・バイデンが、トランスジェンダーの人たちを非難している。 Stability AIのような企業は、AIモデルの訓練に自分たちの作品が許可なく使われたことに抗議する芸術家や権利所持者からの訴訟に直面している。そしてタイム誌の独自調査によると、OpenAIが、1時間あたり2ドルに満たない賃金でケニア労働者に外注し、たとえば性的虐待、ヘイトスピーチ、暴力などの有害な内容をチェックさせていたことがわかった。現在発生しているこのような諸問題は憂慮するに十分だが、もしこの競争が加速し続けたなら今後いったい何が起きるのだろうかを考えると、今の問題などは色あせてしまう。今日巨大テック企業が行う多くの決定は、これまでに彼らが行った選択を反映しているが、そんな過去の選択は破滅的な波及効果を及ぼしたのだ。ソーシャルメディアは、シリコンバレーが以前に成し遂げて真に世界を変えた技術革新だが、最初の貴重な教訓を示している。人と人の繋がりが私たちの社会をより健全にし、一人ひとりをより幸福にする、という約束の上にソーシャルメディアは創られた。それから10年以上が経過した今、歓迎すべき人の繋がりではなく、テック企業がソーシャルメディアを金儲けの手段としたところからその誤りが生じているのだと、私たちは気づいている。自らの利益に都合がいいようにニュースフィードを徐々に歪曲し、ユーザーに焦点を合わせたオンライン広告をウイルス的にあちこちにはめ込むようになった。本当の社会的繋がりなどは、我々が目にするフィードではますます見かけなくなった。同時に、私たちは副次的な影響に対処することも余儀なくされた。骨抜きにされたメディア、誤情報の増加、そして急増する若者の精神的危機などだ。 AIが巨大テック企業の製品に組み入れられたら、同じ道を歩むだろうことは誰の目にも明らかだ。AlphabetやMicrosoftはAIがいかに自社の検索エンジンの価値を大きくするかに最も関心を持ち、GoogleやBingの試作品の実演を使って、その中で初めてユーザーが目にするのはAIが作ったのだと示した。しかしAI開発プラットフォームであるHugging Faceの主席倫理学者マーガレット・ミチェルは、検索エンジンは「生成AIのまったく間違った使い方」だ、なぜならあまりにもたびたび間違いを犯すからだ、と言う。ChatGPTのようなAIの真価は、創造性、新しいコンセプトの考案、そして単純労働を補助することなのに、この技術の強味が巨大テック企業のための利潤追及のために脇に追いやられている、とミチェルは言う。もし検索エンジンがAIとの組み合わせに成功すれば、どのような微妙な変化であっても、広告情報であれ企業照会であれ、調査を本業とする多くの企業を淘汰してしまうだろう。MicrosoftのCEOであるナデラは、新しいAI志向のBingの検索エンジンはもっと多くの情報提供を実現し、それゆえにもっと多くの利潤を出版社や広告会社にもたらすだろう、と言う。しかしAIが創作する芸術がそれに対する反撃を醸成したように、巨大テック企業のお喋りロボットたちが、ニュースサイトから内容を流用しながらも、その見返りには何も提供しない未来を、今メディアの多くは怖れている。 AI企業がどのように彼らのプロジェクトを収益化するかという問題が、同時に浮上している。彼らの製品が競争に勝ち抜くために、AIの製作者はベンチャー企業から巨額の支援を受けながら、無料あるいは少額の料金しか請求しないというシリコンバレーの慣行に倣っているので、今のところほとんどのAIが無料で使える。この戦略を採用して失敗した企業が徐々に損失を出し続けている一方で、勝者は自分の適時を見定めながら、市場で悪魔のような支配力を持つようになる。今のところChatGPTは広告もなく無料で使える。だが同時にOpenAIの儲けを増やしたくてウズウズしてもいる。一回のチャットにかける費用は「ほんの数セント」だとCEOは言う。今のところ莫大な損失を切り抜けるOpenAIの許容量は、Microsoftの援助もあって大きな競争力となっている。２月には、OpenAIがお喋りロボットの利用者に月額20ドルを請求した。すでにGoogleは検索結果において有料広告を優先している。AIが生み出す結果にも同じことをするだろうと考えるのはそれほどの飛躍ではない。人間が情報をAIに頼るようになれば、事実と広告と全くのでっち上げを区別することはますます難しくなるだろう。利潤が安全性よりも先にくるので、人間の存在に関わるこのようなAI企業の危険性に警告を発する技術者や思想家もいる。OpenAIを初めとする多くのAI企業が明確に目指すのは、人間よりも効率的に考え学ぶ汎用人工知能（Artificial General Intelligence）の制作だ。もし未来のAIが人間の指導や介入なしに急速に自らを改良する能力を手に入れたら、人間を排除する危険性も孕んでいる。よく例えに出される思考実験は、AIが作れる限りのペーパークリップを要求されたら、地球上の生命体が持つ炭素も含んだ、自由にできるすべての炭素を収穫するような、世界最高の超能力知能プログラムを自らに書き込むだろうというものだ。AI研究者の2022年調査では、回答者のほぼ半数が、AIがそのような破滅的危機を招く可能性は10％以上あると言っている。最先端のAI研究所で、AIがついに人間の知性を追い越す時には、AIが人間の価値感と「共生」できるようにしようと、数人の科学者は研究している。邪悪な神ではなく、善意の神を設計しようと彼らはしているのだ。しかしAIの安全性を考えるグループConjunctureがタイム誌に提供した数字によると、世界のおよそ80人から120人の研究者だけが、AIとの共生について専門的に研究しているに過ぎない。一方で何千人もの科学者が熾烈なAI開発競争を加熱させながら、人工知能を拡張しようと研究し続けるだろう。「強力な技術について言えば、明らかにAIが最も強力な技術になるでしょうが、我々は慎重になるべきです」とGoogleのAI研究所DeepMindのCEOデミス・ハッサビスは昨年タイム誌に話した。「誰もがこのようなことを考えているわけではありません。その中の多くが、危険なものを手にしていると自覚せずにいるやっている実験主義者のようです」たとえコンピューター科学者が、絶対にAIが我々人間を一掃したりしないようにできたとしても、AIがますます世界経済の中心的存在になっていけば、AIを牛耳っている巨大テック企業が加速度的に力を巨大化していくことになりうる。これほど重要な基底的技術を商業利用のために欲しいがままに料金を課すのだから、世界で最も裕福な企業になるだけでなく、敵対する国々に対して地政学的役割を担うようになりうるのだ。もちろん、世界を変えると約束した多くのシリコンバレーの技術者たちはその言葉を反故にした。我々みんながメタバース（訳注：PCが作り出す仮想空間）に生きているのではない。他の人たちに「貧しいままで楽しんでいろ」と悪罵を投げつけてきた仮想通貨の信奉者たちは、損失を嘆いているか牢屋の中でしょぼくれて暮らしている。世界の街の通りには、破産した電動キックボードのスタートアップ企業の残骸があちこちに散らかっている。しかしAIがそれと同じほど驚異的に拡大する傾向にありながらも違っている点は、AIをバックアップする技術がすでに消費者に使われていることであり、猛烈なスピードで改良を重ねていることだ。AIの演算能力は6か月あるいは10か月ごとに倍加している、と研究者たちは言う。まさにこの限りない能力こそが、今この瞬間に、人々をこれほど夢中にしているし、これほど危険にもしているのだ。（第二記事） Inside the Clandestine Efforts to Smuggle Starlink Internet Into Iran 《スターリンクをイランに運び込む極秘活動の内幕》はっきりと「STARLINK」とラベルが張られたグレーの段ボールの商品パッケージに入ったまま、なぜか衛星受信アンテナが、白昼堂々とテヘランの中心部に届けられた。「まるでイーロン・マスクが自分で配達してくれたようでした」とその小包を受け取ったレザという若いイラン人は笑いながらその時のことを話す。彼が受け取ったのは衛星通信企業の経営者マスクからではなく、見るからに神経質で落ち着きのないプロの密輸業者だった。男は約束の300ドルを要求し、このアンテナを命にかけてこっそりとイラン共和国に持ち込んだ理由を聞きたがった。「あいつ等は、この荷物のために俺を国境で5時間も足止めした」と、小包を指しながら密輸業者は言った。最終的に、そして愚かにも、イランの国境警備隊が持ち込みを許可した物は、イランでの抵抗闘争を継続するための手段だった。運動が5か月目に入った今、漸進する蜂起は、もちろん第一には抵抗者たちの熱意にかかっているが、それと同程度に、少なくとも何が起きているかを世界に知らしめることにかかっている。「最も大事なことはインターネットで配信すること。これが絶対に必要です」とレザは言い、これ以上の身元は明かせないと言った。イランの強権的政府はイラン国内のインターネットを統制するだけでなく、その統制を武器に使い、抗議する人たちが大通りに繰り出した時にはネットサービスを極端に遅くし、その人たちを虐殺する決定を下した時には一切のインターネットを遮断する。前回、2019年11月にガソリン代の急騰に対する抗議が自然発生的にイラン全土に勃発したとき、政権は外部とのリンクをすべて切断して、人々に発砲するという挙に出た。1500人が殺害されたらしい、と人々は言っている。そこで、9月に悪辣な「宗教警察」に逮捕された22歳のマーサ・アミニの死亡を契機に抗議行動が全国に拡大したとき、国外の人権擁護団体はいつでも行動する準備はできていた。数日のうちに入念に計画された活動が全国的に広がったが、指導者が欠如する運動に、インターネットがその代役を果たした。ほとんどが地下に潜伏した活動や個人的な資金で行われていたが、最も大胆で様々な形態の活動が大陸を跨いで行われ、暗号を使ったメッセージが交換されていて、10数人の活動家がそれに関わっていた。そのうちの5人がタイム誌に話した。彼らの密かな行動は、2つの声明を出したことで可能になったのだと言う。80以上の都市で抗議行動が起こったあと、9月23日にバイデン政権は他の制裁手段は維持しながら、米国籍のインターネット企業がイランで操業できるようにした。その日のうちに、マスクは「今Starlinkがイランで入手可能になった」と発表した。それはいい知らせだった。しかしマスクの言葉は続いた。「Starlinkはイラン国内の通信基地を使う必要があり、イラン政府はそれを支持しないだろうと思うが、もし誰かがアンテナをイランに持ち込めばうまく機能するだろう」ある程度、通信アンテナをイランに持ち込む動きはすでに始まっている。「私たちは2021年1月にはそれを現実的な手段だと考え始めていました」と1人の活動は言いながら身の安全のために匿名を希望した。（イラン政権は9月以降、国内で推定18000人を逮捕し、500人以上を殺害し、海外からの反対派も誘拐、殺害している）ワシントンＤＣに本部があるカーネギー財団が支援するシンクタンクの上級研究員カリム・サジャドポワーが活動の表の顔になってきた。サジャドポワーはマスクに協力を依頼した中の１人で、それが承諾されたとツィートした。活動家、資金協力者、米国政府官僚、それに治安とスパイの国家として機能する名目だけの神政国家イランを取り巻く国々の高官たちとも連絡を取り続けている彼だが、今存在をかけた困難に直面している。若い女性たちに指導され、イラン全土を席捲した圧倒的な非暴力運動は、「女性、命、自由」というスローガンを掲げ、イラン国内の生活がもはやこれ以上耐えられなくなった有様をツィートから拾い上げて歌詞に綴った「だからこそ」というバラードを抵抗歌にした。この歌はプロテストソングのようにオンラインで国中に広がった。「イスラム共和国のような独裁国家の下で暮らす人々にとっては」とサジャドポワーは言う。「自由なインターネットへのアクセスは酸素のようなものです」 Starlinkは次のように役に立っている。地球の低軌道にある何千もの小さな通信衛星がブロードバンド・インターネットを地球に送っている。この電波はStarlinkの衛星アンテナだけがキャッチでき、月額110ドルを支払う契約者だけが利用できる。マスクはビジネスと人のために役立つという両方の目的で、この画期的なサービスを開始し、遠距離でも、敵の包囲下でも、またその両方の状況にある場所でもインターネットのアクセスを可能にした。他の企業も開発を進めてきたが、Starlinkだけが基本的に需要に応えうるのもので、その設立者がソーシャルメディア上の「言論の自由」に関心を持つような場合には、その企業は言論の自由が最も危機にある場所での公開情報の保護において重要な役割を果たす。ウクライナでは、米国政府を始めとする同盟諸国が何千もの通信アンテナを寄贈したことに助けられて、ロシアの侵略によって破壊されたインターネットに代わる役割をStarlinkが果たすことになった。マスクが個人的に所有するSpaceXがStarlinkを操業しているが、3667個の衛星アンテナを提供し、その使用料の請求権を放棄した。そんな寛大さはイランには示されなかった。最大規模の密輸活動に関わるある活動家が書いているように「1個につき700ドルなので・・・100個でほぼ70000ドル」、この活動のために個人からの財政支援を求める必要があった。「さらに運搬などすべてにおいてです」と彼はアンテナのイランへの密輸経路に触れながら話す。「合計で優に20万ドルになります」そして100個のアンテナでは、インターネットの代用として使うにはとても十分とは言えない。この考えは、たとえば第二次大戦中にフランスの抵抗運動が地下活動で使ったという極めて少数の無線送信機のようなやり方で通信アンテナを使うというのではない。活動家たちに約5000個のStarlinkアンテナがあれば、イラン国内で影のインターネット（訳注：仏映画「影の軍隊」参照）として効果を発揮できるだろう、と活動家たちは考えている。「実際にすべてのイラン人に衛星アンテナを設置させるのが主要目標ではない」と1人の活動家は言う。「そうではなく、基本的に数千個のアンテナを運んで、適切な人たちにそれを届けることであり、そうすればインターネットを遮断されても困らなくなるのです」しかしどうやってそれを運べばいいのか。直接輸送するなどは問題外だ。欧米の小包配達はイランで営業していないし、イランの国営郵便サービスなどは無遠慮な検閲で悪名高い。（欧米の雑誌はモデルの写真の顔が汚されて届く時がある）最も難しいのは流通だ。西アジアまで旅をして、受取人に届くまでの経路を手配したある活動家は言う。幸いこの地域には密輸文化が栄えている。イランは7ヵ国と国境を接し、数千年にわたって交易の十字路だった。世界の阿片の多くがアフガニスタンからイランを経由してトルコに運ばれた。イスラム共和国ではビールや酒は厳格に禁止されているが、それにも関わらず、多くの場合はアメリカ経由で簡単に手に入る。イランとイラクに跨がって隣接している少数民族クルド族の居住区の国境は抜け道がたくさんあるので、イラク側の運転手は透明な容器で売られているガソリンを、イラン製でもイラク製でも好きに選べる。片方は黒く濁っていて評判が悪い。何にせよ希望が持てる地理だ。「今のところ、6ヵ所の違うルートを試しています」と1人の活動家はタイム誌に話した。「たった1つのルートに頼ろうとはしていません。ルートをいろいろと変えて、うまくやれるかどうかを見ているのです」そのいくつかは他のルートよりも裏切りに合うことが多い。政権の内通者が密輸に深く関わっているというのは公然の秘密だ。その中には、イラン経済の全体を牛耳っているイスラム革命防衛隊（IRIRGC）のメンバーもいる。「私の行動の多くは監視されています」とイランの周辺諸国で協力者を見つける任務を担う活動家は言う。「同志の密輸業者」に人気があるアラブ首長国連邦の港町ドバイでの求人は特に危険だ、と別の活動家は言う。イラン国内でもIRGCは危険だ。なぜなら、IRGCは抗議する人たちへの攻撃に加担するが、最初は機動隊や自警団にやらせる。アミニの出身地であるクルド地域では機甲部隊が送り込まれた。「クルジスタンやケルマーンシャー地方には多くのチェックポイントがあり、特に銃やStarlinkを調べている」と活動家は言う。「しかしルートはいろいろあります。すべての車を止めることはできません。これまで我々は運が良かったので、誰もこの捜査で捕まっていません」今活動家たちが禁制品の運搬を頼もうとしている人物の中に危険が潜んでいる。小包でレザにアンテナを届けたプロの密輸業者はテストであって二度と使う事はない、と活動家たちは言った。目標は、抵抗運動に責任を持って関わり、信用ができて、喜んで危険を引き受ける、そんな人物だけを使うことだ。「無許可の通信デバイスを持っていれば、基本的にスパイと見なされます」とある活動家は言う。この人物はテヘランの悪名高いエビーン刑務所に投獄されている間に、雇用主がくれた衛星電話を所持していて投獄されたジャーナリストに出会った。外国人通信員には当たり前の道具だが、イランではスパイ罪になる。「それはまさに生か死の問題です」と活動家は言う。「逮捕されれば中間はありません。おそらく40階から投げ落とされるか20階から投げ落とされるかくらいの違いで、いわばそれが中間なのです。つまり穏健な斬首です」いったんイランに持ち込まれれば、衛星アンテナは危険な戦場での新たな戦線を切り拓く。アミニの死後に最初に政権が破壊したのがゲームのプラットフォームだったことは驚くにあたらない。「なぜなら、当局はユーザー同士のチャットや交流を監視できないからです」とある活動家は言う。「チャットルームは加熱気味です。一緒に活動し、信頼し合い・・・デモに参加し、戦術を練り、新しいアイデアを考えるのです。ゲーム文化は役にたっています。特に若者の間では」強権的な国家にあっては、携帯電話は聴くためのデバイスとして二重の役割を果たす。携帯電話のインフラに仕組まれたスパイウェアが盗聴することによって上手く記録されてきた。そしてSignalのような暗号化されたメッセージ・プラットフォームやVPNは、盗聴システムを回避するとは言え、反対派の人たちは正しくも自分たちの携帯を弾がこめられた銃だと考えている。 11月に指導したデモで今までにない恐ろしい経験をした、とレザは言う。偽装した諜報部員がレザを羽交い締めにして、止めてあった車に連れ込んだのだ。「悪いことに、そのとき私は携帯電話を持っていました」最近5年の懲役刑を言い渡された友人を思い出した。警察が友人の携帯を開いて、父親と交わした「政権を罵倒する」隠語を見つけたからだ。かろうじて逃れて同じ目に遭わないですんだが、1ヶ月経っても怒りは消えない。「もし警察が私の携帯を取り上げたら、その中にある情報が・・・」 Starlinkそれ自体にも危険があった。ウクライナでネットワークが使われるようになったとき、ウクライナ軍はネットワークを重用しているのだが、衛星電話の電波が飛んでいる場所ではどこでもやられているように、ロシア軍が電波を追跡したり、最終到着地に爆撃したりすることを担当者は怖れた。しかしソフトウェアに改良を加えた後でも、脆弱性はまだ残っているようだった。「新しい技術なら、政権が見つけ出す前に素早く移動できる見込みがあります」とトロント大学のCitizen Labプロジェクトの上級研究員ジョン・スコット-ライルトンは書いている。「それと同時に、新しい技術は危険も伴います。我々がすでに知っている危険もあるし、推測している危険もある、そして逮捕されて初めてわかる危険もあるのです」彼も他の人たちのように、イラン警察を警戒して詳細を話さなかった。そのイラン系アメリカ人起業家は100個のStarlink衛星アンテナを購入し、SpaceXの建物で受け取った。「偽装するために梱包し直しました。そして別のトラックの荷台に隠しました」と彼は言う。この動きは活動家の連絡網によって組織された密輸活動とは別のものだ。「私たちは3つのルートを持っています」とこの起業家は言う。「たとえ（衛星アンテナが）9個しかなかったとしても、もしそれらが正しい人物の手に渡ったら、イラン国内から世界に多くの情報が送られるのです」蜂起には民意が重要な武器になる。しかしイラン政府によって外国のジャーナリストが入国禁止され、国内のジャーナリストが投獄されているとき、一般大衆が語らなければならないのだ。「市民ジャーナリストの存在が大きいのです」とサマン・アルバビは言う。彼は70万人を有する自分のインスタグラムのフォロワーに向けて、抗議行動を映した携帯ビデオを投稿した。頼りないインターネットをもってしても、暇な日にはイラン国内から何百ものビデオを受け取っている、とニューヨークに住むイラン系アメリカ人のアルバビは言う。反対派が絞首刑になる日は、これまでに4人が死刑執行されたのだが、何千ものビデオが届く。「彼らは自分が世界と交流している存在であり、自分たちが非常に重要な存在であることを理解しています」とビデオの発信者たちについて話す。「欧米政府の、そして有力で影響力のある人たちの反応を知ることは重要です」「もしイランに自由なインターネットが、検閲のないインターネットがあったら」とアルバビは言う。「政権にとって脅威になります」アムネスティ・インターナショナルで、マット・マフモウディはインターネットが遮断された間に死者数が急増したことを記録し、ソーシャルメディアで流した映像が本物であることを示すオンライン・ツールを開発するのを手伝った。彼は自由なインターネットを「権力への対抗手段であり、現実にそうなっているのだが、インターネットは反対派の人たちや組織者たちが互いに話し合える場所であり、同時にイランで何が起きているかを世界に発信する場所だ」と言う。ロシアの侵略からほぼ1年、22000個のStarlinkアンテナによって多くのインターネットを回復し、10000が今その途上にある、とウクライナ政府は言う。イラン人は同じことを望んでいる、とレザは言う。「ウクライナでそうだったように、Starlinkアンテナは無料になる、使用料金は要らない、という噂がある」しかしアンテナを起動したとき、「それは嘘だ」と彼は知った。（彼の受信料は海外の活動家ネットワークによって支払われている）イランでの使用料金を無料にするか、あるいはアンテナを寄贈するか、とタイム誌が尋ねると、SpaceXの代弁者はコメントを拒否した。またSpaceXはイランにStarlinkを持ち込むために米国政府と手を組むか、と言う質問にも回答を差し控えた。国家安全保障会議に投げかけられた同じ質問に対して、イラン国内の反対派にとっての検閲なしのインターネットをバイデン政権は支持する、という４ページの声明が出された。「しかし」と米国務省官僚から出たと思われる声明は言う。「その目標に近づくためにどんな手段を使い、誰と協力するか、あるいはしないかについての詳細は言えない」この言質は活動家を失望させたしーー彼らは米国政府の支援は口先だけだとはっきり言うーー自由な通信における米国の指導性を信奉する人たちをも失望させた。独裁者を追放して民主主義の実現を約束したアラブの春のあと、米国はシリコンバレーと協力して、インターネットへのアクセスを促進し、人権の名の下に検閲に抗して闘うための具体的手段に基金を提供するために、Open Technology Fundを設立した。国家安全保障の観点から、また他の多くの観点から言っても、自由なイランは自由な世界に合致している、とインターネット切断に対抗するツールを開発している非営利団体West Coast technologyを運営しているアフマド・アフマディアンは言う。「それは非常に明白です。プーチンと中国、それとも欧米か。イラン民衆が誰と手を組みたいのかは非常に明白です。彼らは通りでスローガンを叫んでいます」イスラム共和国によって禁止された今までのテクノロジーは、衛星放送から携帯電話まで、ついにイラン国境内でいつでも手に入るようになった。それゆえに、イランにStarlinkの衛星通信アンテナを持ち込む最も手っ取り早い方法は、隣接する国々で入手可能にすることだ、と考える活動家もいる。政府による弾圧や検閲を回避するStarlinkの衛星通信基地やデバイスは、膨大な需要があるが故に、間違いなくイランに入ってくる、とサジャドポアーは言う。届いた衛星アンテナに三脚が着いてなければ、ずっと違法になっている衛星テレビを取り扱っている地域の販売店に行けばいい、とレザは言う。店主が取り付け台を売ってくれるので、自分のアパートの屋根にStarlinkアンテナを設置できる。レザのアンテナは他の衛星アンテナとは違うので、空から見ればすぐに見分けがつくのではないかと彼は心配した。そこで母に頼んで、信心深い女性が好んで身にまとう、彼の母もそうなのだが、パタパタと風になびく黒い被り物のチャドルを一枚もらった。レザが言うには、彼の母はヒジャブを被るが、自分にもそして誰にも好きに選ばせるべきだと考えて、政権に反対している。母に一枚もらってStarlinkアンテナを隠すためにそれに被せた。今のところ上手くいっている。「私はFBIやCIAのような諜報のプロではありません。こんな状況でどのように行動すべきかは知りません。もちろん心配ですし、怖いです」とレザは言う。「しかし誰かが誰かの権利を蹂躙しているのを見たら、黙っていられません。人々と共に立ち上がらないとしたら、この政権の残虐性に抗して立ち上がらないとしたら、この人生に何の価値も見出せないでしょう」（最後まで訳しています）（4月6日） The AI Arms Race Is Changing Everything・・・① 《テック企業の熾烈な競争はあらゆるものを変えてしまうだろう》＜テック企業は急速にAIに向かっている。破滅的な事態になるかもしれない＞人間は創造する。30万年間、我々人類は芸術、料理、政策綱領、また社会などを創り出したり、今まで何もなかったようなところに新しいものを思い描いて考案する能力は、そのユニークさにおいて他に類を見なかった。今、我々は仲間を得た。この記事を読んでいる間にも、人工知能（Artificial intelligence）のプログラムが宇宙の様子を描いたり、返信メールを書いたり、確定申告の準備をしたり、メタル音楽を書き込んだりしている。AIは製品のプレゼンテーション原稿を書いたり、コードを修正したり、建築の青写真をスケッチしたり、健康問題のアドバイスを提供したりしている。人工知能はすでに私たちの生活の隅々にまで影響を与えている。AIは薬や家の価格を決め、車を組み立て、ソーシャルメディアで私たちがどんな広告を見るかを決定するために使われている。しかし小説の筋書き全体を書くことまでできるシステムを持つ生成AIは非常に新しい。ソーシャルメディアの到来以降では、この変化は最も重要な技術的躍進を意味する。生成AIのツールは、好奇心いっぱいの度肝を抜かれた大衆によって、この数か月間猛烈な勢いで使われている。実質的にどんな質問にも理路整然と応答するChatGPTや（ただし常に正しいとは限らない）、あなたが思い描くどんなイメージも創り出してくれるDall-Eのようなプログラムのおかげだ。１月にChatGPTは１ヵ月で1億人のユーザーを獲得し、その普及率はインスタグラムやTikTokを越えている。MidjourneyやStable Diffusion、そしてあなたが簡単に指示するだけでコンピューター・コードに変換してくれるGitHubのCopilotなど、よく似た何百という驚異的な生成AIが凌ぎを削りながらあなたの利用を待っている。 AIの推進者たちは、これは始まりに過ぎないと考えている。生成AIは我々の働き方や世界との関わり方の方向を変え、創造性や科学的発見への扉を開き、以前なら考えられないような偉業を人類に達成させてくれる。2030年までにAIは世界経済を15兆ドル以上も押し上げるだろう、とPwCの技術者は予測する。このような狂騒にはAIに何十億ドルも投資してきたテック企業も慌てたようで、シリコンバレーに強烈な競争を巻き起こした。数週間のうちに、MicrosoftやAlphabetのGoogleが、経済的基礎構造の新たな分野を形成するだろうと確信する分野での実権を掌握するために、彼らの企業戦略全体を見直した。MicrosoftはChatGPTやDall-Eを制作したOpenAIに100億ドルを投資し、自社のOfficeソフトウェアや検索エンジンBingに生成AIを統合する計画を発表した。ChatGPTの成功に対抗するために、Googleは「最高警戒レベル」の企業緊急体制を宣言し、大急ぎで自社の検索志向のBardというChatbotを市場に出した。「競争は今日始まります」と2月7日にMicrosoftのCEOサチャ・ナデラは言って、Googleに挑戦状を叩きつけた。「我々は動きます、それも迅速に動きます」ウォール街は同様の勢いで対応し、企業プランにAIを含む会社の株式評価を格上げし、粗雑なAI製品を発売した会社の株価を格下げした。その技術には実体があるとしても、生成AIがMicrosoftのWindows95や初代iPhoneの登場と同じほど市場を揺るがすことができると野心的に信じる投資家たちを得て、金融バブルがその周囲に急速に拡大している。しかしこのような狂乱的ゴールドラッシュは破壊力にもなりうる。会社が技術を改良したりAIブームから利益を得ようと急ぐあまりに、このようなツールの安全確保のための研究は二の次になっている。勝者がすべてを握る争奪戦においては、巨大テック企業やそれを応援する投機的投資家たちは、たとえばソーシャルメディアの犯した大罪、すなわち安全よりも成長を優先させるという過去の過ちを繰り返す危険がある。これらの新しい技術には多くのユートピア的な一面が潜んでいる一方で、善かれと思って考え出された手段が、破壊的な予想外の結果になりうる。ゴールドラッシュが始まったのと同じ物語であり、この先何が起きるのかを歴史が教えているものだ。事実、生成AIはソーシャルメディアの諸問題を極めてよくわかっている。AI研究室は何年間もそれに類似するAIの問題を何年も公表せず、その間に誤情報やヘイトスピーチ、そして雪だるま式に巨大化する地政学的な危機を意図に反して作ってしまう可能性まで研究していた。そのような用心深さは、ニューラル・ネットワーク（神経回路網）の予測不可能性から生じているとも言える。ニューラル・ネットワークとは、最新のAIの基礎を形成する演算パラダイムであり、人間の脳にヒントを得たものだ。予想可能な結果を生み出す一連の正確な指示に依拠する従来型のコンピューター・プログラミングの方法とは違って、ニューラル・ネットワークはデータの中にあるパターンを見分けて、効果的に自主学習する。このネットワークに注入するデータ量やコンピューターの容量が大きければ大きいほど、処理能力は増大していく傾向がある。 2010年代初めに、強力なAI開発への道は、旧式のプログラミングよりもニューラルネットワークの方がずっと展望がある、とシリコンバレーは気づいた。しかし初期のAIは、その訓練用データが持つ偏見も健気なほどそのまま模倣してしまう傾向にあり、誤情報やヘイトスピーチを喋りまくることになった。2016年にMicrosoftがchatbotのTayを発表したとき、24時間も経たないうちにTayは「ヒトラーは正しい、ユダヤ人は嫌いだ」とつぶやき、フェミニストはみんな死んで煉獄の火に焼かれろ、と呟いた。ChatGPTの前身であるOpenAI2020は、これと同程度の人種差別や女性蔑視を露呈した。 AIブームは実際には2020年あたりで始まり、ニュートラル・ネットワーク設計における幾つかの重要な進歩、より大きくなったデータ収集能力、そしてコンピューターの巨大な演算能力に対して喜んで資金を提供するIT企業の積極性によって加速された。しかしその弱点は依然として残ったままであり、AIがやった不格好な過去の失敗によって、Google、Meta、OpenAIのような多くの企業は、最先端モデルを市場に出すことについてはほとんど及び腰になった。2022年４月に、OpenAIが文字から画像に変換して映像を生成するAIモデル、Dall-E2を発表した。しかし当初の発売はウェイティング・リストにある「信頼できる」ユーザーに限定していた。これらの選ばれたユーザーが使うことによって、Dall-Eが訓練用データから引き継いだ偏見を「理解し、解決する」ことに役立てるためだ、とOpenAIは言う。たとえOpenAIが7月までにDall-Eのユーザーを100万人獲得していたとしても、より広範なAI関連の研究者たちの多くは、OpenAIや他のAI企業の「見るだけで、弄ってはだめ」の方針をにいらだちをつのらせている。2022年8月、ロンドンに本社を置くStability AIという新興企業はこのルールを守らず、文字から映像を創り出すStable Diffusionを一般販売した。AIツールを一般的に売り出せば、開発者がユーザーから貴重なデータを収集することができ、先進的AIがもたらすだろう劇的な変化の到来に対して準備する時間的余裕を社会に与えるだろう、と多数派を形成しつつある支持者たちは言う。 Stable Diffusionはすぐにインターネット上で話題になった。数百万人のユーザーがまるで芸術作品を一から創りだすような能力に夢中になった。ユーザーが違ったプロンプトやコンセプトを実験するごとに、このツールが生み出した作品は常に猛烈な勢いで広がった。「人はこの創造的なパンドラの箱をついに開けてしまったのです」と投資家で2022・State of AI Reportの共同執筆者であるネイサン・ビナイチは言う。「この事態にOpenAIやGoogleはショックを受けました。なぜなら彼らが門外不出にしてきたツールを世界が仕えるようになってしまったからです」すべてが猛烈に動き始めた。 OpenAIは素早く先例に倣いDall-Eに門戸を開放した。続いて11月にはChatGPTを公開したが、どうやらそれは差し迫る競争に勝ち抜くためだったらしい。OpenAIのCEOサム・アルトマンは、より多くの人々がAIアルゴリズムを使えば、それだけ速くAIアルゴリズムは改善される、とインタビューで言っている。ユーザーはたちまちOpenAIやそのライバルに群がった。AIが創った映像はソーシャルメディアで一気に広がり、美術展で優勝する作品まであった。映画編集者はハリウッドのヒット作Everything everywhere all at Onceのような映画にAIが組み込まれたソフトウェアを使い始めた。建築家はAIによる設計図を描き、コード製作者はAIに基づくコードを書いている。出版物はAIが書いたクイズや記事を発表している。ベンチャー企業はこれに注目し、次の大きな生産性向上の突破口になるだろうAI企業に、10億ドルを上回る投資をしている。中国のテック企業であるBaiduやAlibabaは自社のchatbotを発表し、その株価を上昇させている。（4月6日は⑩まで読みました）（3月16日） Quantum Computers Could Solve Countless Problems—And Create a Lot of New Ones 《量子コンピュータは無数の問題を解いてくれる。そしてさらに多くの新たな問題を生み出す》・・・② しかしどんな創造的破壊者も危険を伴って現れるもので、量子は国家安全上の頭痛の種となった。量子が持つ問題解決能力はたちまち今あるすべての暗号を過去のものにし、通信、金融取引、そして防衛をも脅かすだろう。「人々は量子を新たな宇宙競争と呼びます」と業界紙Inside Quantum Technologyのオペレーション担当マネージャーであるダン・オシアは言う。10月に米国大統領ジョー・バイデンがニューヨーク州ポキプシにあるIBM量子データセンターを見学したとき、「我々の経済にとってなくてはならないものであり、国家安全にとっても同じほど重要である」と鼓舞した。大国が競合する新時代にあって、とりわけ中国と米国は要となる基盤を失うまいと、量子テクノロジーを我が物にしようと必死になっている。「このテクノロジーは新たな産業革命になるでしょう」とコロラドを本拠に商業用量子アプリケーションを提供する会社Quantumの社長兼COOのトニー・アトリーは言う。「それはまるでインターネット時代の幕開け、つまり古典的インターネット時代の幕開けに比肩するものです」いやそれどころか、従来型のコンピュータがこれほど遠くまで私たちを連れてきたことは凄いことだ。1970年代後半に登場して先頭を切ったアップルⅡから今あるスマートフォンやスーパーコンピュータまで、すべてのプロセッサーはそのタスクを二進数に分解する。しかし生命は非常に複雑であり、情報をそんな単純なやり方で表現することは、まるでラフマニノフのコンチェルトをモールス信号で演奏するようなものだ。また量子科学はよりうまく自然と調和する。分子は電子によって結びつけられた多くの原子で宇宙を形成する構成要素で、それ自体がお互いの部分として存在する。これらの電子が本質的に同時に２つの状態を所有するというあり方は、薬が人体と相互作用する方法や、腐食の状態で物質が変化する方法を量子粒子が複製することで、自然科学や物質科学への応用を提示する。物を製造する従来のやり方は、計算によって得られた推量によって試行錯誤を繰り返しながら発展するというものだが、量子技術は自然界を模倣することによって、目的意識的に設計されて発展していけるだろう。何百もの新興企業とともに、世界最大企業が量子科学を応用しようと凌ぎを削っている中で、最近IBMがこの分野のリーダーとして頭角を現してきた。今IBMは実用可能な60を超える量子コンピュータを保有し、その数は世界中に現存するものを併せたよりも多く、Exxon-MobilやSonyなど実質上すべての産業を網羅する巨大企業を広範に巻き込んで共同開発している。１世紀以上前に設立されて、パンチカードからデータをもらって計算する会計機を作った伝説的企業が、テクノロジー界の頂点へと嬉しい復帰を果たした。近年IBMはクラウド・コンピューティングやAI部門で主導権をとれずに、AppleやMicrosoftの後塵を拝してきた。量子はその奪回の機会を提供している。「トップへの返り咲きはすごいことです」とあるIBM役員は言う。「我々がクラウドに乗り遅れて、好機を逃したのは周知の事実ですから」 11月にIBMは新しい433量子ビット・チップを発表したが、それは世界最強の量子プロセッサーで、そのスピードを従来のビットで表せば、人類が今知っている限りの宇宙、そこにある原子の総量を遙かに超えるだろう。IBMは20を越えるオープンソースのキスキットという量子ツールキットで入手可能な量子コンピュータを保有し、これまでに45万回以上ダウンロードされている。量子関連の事業を始めるためにいくつかのアプリが無料で使えるし、スタートアップ企業や学者のような顧客が有料の契約ベースで遠隔からさらに優れたキットにアクセスできる。IBMは大胆なロードマップを作成し、今年1121量子ビット・プロセッサーの開発に乗り出し、2025年には同一コンピュータ内で多くのプロセッサーチップを連結させるモジュール式の量子回路を作ることによって、4000量子ビットを越えるというものだ。「モジュール式は大きな変曲点になる」とIBM上席副社長兼研究部長のダリオ・ギルは言う。「今や我々は何万という量子ビットを創り出すマシーンを設計する方法を知っている」量子の産業的応用は無限だ。ミュンヘンにあるBMW本社の中には、車輌設計者の眠りを妨げる壁が立っている。一から新車モデルを設計するには少なくとも4年かかる。まず設計者はコンピュータを使ってスタイリングを行い、美しさと実用性を兼ね備えた外装をスケッチする。次にスケールモデルが粘土に掘り込まれ、空気応力を調べるために風洞に置かれる。内装、エンジン性能などについて数え切れないほど検討された後に、最終テストが行われる。試作車が時速35ｍでよく我々のよく知る例の壁に激突するとどうなるかを実験する。もし試作車が様々な安全基準に合格しなければ設計室に逆戻りする。これは異なった形の複雑な材質が圧をかけられたときにどう変わるかを正確に予測することで、量子が役に立つ分野だ。強烈な衝突のシミュレーションテストは、全行程を最高で6ヶ月短縮できる、とフランスの量子企業パスカルと提携してきたBMWグループの戦略、企業統治、ITセキュリティの副社長カースティン・サピアは言う。「量子コンピューティングは、デザイン性、最大の車内空間、最高の空気圧の間の新しい最適条件を見つけるのに役立ちます」それは手始めにすぎない。現代のビジネスには、量子アルゴリズムにぴったりと合う最適化問題がいっぱいあるので、時間、エネルギー、財源を節約できるだろう。「我々は単にテクノロジーを開発するだけではなく、労働者がそれを使えるようにしなければなりません」とIBMの量子戦略・アプリケーション研究部の責任者ケイティ・ピゾラトは説明する。テクノロジーの応用を見つけるのは容易だとサピアは言う。むしろ難しいのは、IBMのすべての部門が確実にそれを役立てることだろう。すでにBMWは、中国にある自社の車輌に対して、運転用ソフトウェアのメンテナンスやモニタリングをするための遠隔操作をヨーロッパからできなくなっている。なぜなら国境を越えてデータ送信することがますます制限されるようになったからだ。「将来ビジネスをしていくためには、世界中のどこででも量子テクノロジーにアクセスできる場所を必要とするでしょう」とサピアは言う。「ですから、地政学的規模で何が起ころうとも、なおかつ量子テクノロジーにアクセスできるように、いかにしてそれを建設していくかです」過去数年間で量子は、世界の安全保障の中の付随的課題から最優先課題へと変わってきた。今では、17ヶ国が国家的量子戦略を持っているし、さらに4ヶ国が現在戦略を考えている。1980年代中期から、中国は量子研究におよそ250億ドルを投資してきた、とQuantum Computing Reportは言う。そのトップの量子研究者であるパン・ジェンウェイは2016年と2021年に世界初の量子衛星の打ち上げを指導し、当時では記録的だった56量子ビットの量子コンピュータを発表した。中国が2021年3月に発表した第14次5ヶ年計画では、量子の熟達が政策の最優先になっていた。「中国における産業と国家安全保障の間の曖昧な線引きは、有利に働きました」と国防省データ管理の元職員は言う。それに対応して5月にホワイトハウスは国家安全保障覚書を公表し、「経済と国家安全保障に重大な危険性がある」として、すべての連邦局にポスト量子の安全政策へと移行するように命じた。重要インフラのアップグレードには数十年を要し、インターネットに直結している文字通りすべてのものが危険な状態にある事を考えれば、今こそ行動する時なのだ。「量子は人類にとって素晴らしいものだが、一方でまず一番になすべきことは、これらの技術を武器にすることだ、と我々は認識した」とポスト量子サイバーセキュリティ企業でQuSecureの設立者でありCOOであるスキップ・サンゼリは言う。1兆ドル級のサイバーセキュリティ・アップグレードだと彼が言うところの事業を扱える企業として、QuSecureは米国軍および連邦政府のリストに挙げられている。それでもなおスパークは、米国が出遅れる危険があると懸念して、量子研究に対して「マンハッタン計画級」の注力を求めている。世界経済フォーラムによると、昨年世界中で量子に費やされた300億ドル以上の資金の中で中国はおよそ50％を占めているが、EUはやっと25％を占めているにすぎない。他方、米国国立量子研究所（National Quantum Initiative）は12億ドルを費やし、スパークに言わせれば、総額１兆ドルの防衛費に比べればこの額は「微々たるもの」だ。「量子の波はやがてやってくるのではない」とスパークは言う。「今すでに来ているのだ」危険はこれまでにないほど高まっている。現在、実質上すべてのサイバーセキュリティは、それがWatsAppメッセ―ジであれ銀行取引であれ、またデジタル・ハンドシェイク（訳注：通信を行う前に制御情報を交換すること）であれ、安全にデータ送信するためのRSA（an asymmetric cryptograpy algorithm非対称的暗号アルゴリズム：公開鍵暗号法）に基づいている。しかし一般的なコンピュータがRSAを解読するのに何十億年もかかるが、高速量子コンピュータは数時間でやってしまうだろう。12月に、中国の研究チームが（成果については大いに議論はあるものの）372量子ビットのコンピュータでRSAを解読できる量子アルゴリズムを開発した、と主張する論文を発表した。競争は今ではポスト量子セキュリティを考案する方向へと向かっていて、この任務はNIST（U.S. National Institute of Standards and Technology：米国立標準技術研究所）にかかっている。2016年にNISTが新たなポスト量子アルゴリズムを提案する競技をプログラマーたちに呼びかけた。その結果は様々だったが、2022年7月5日に発表された決勝進出プログラマーの一人は、普通のノートパソコンで１時間ちょっとで解読した。幾つかの点ですでに遅すぎる。RSAを解読できる強力な量子コンピュータを一般的に使用できるのはまだ数年かかるとはいえ、ハッカーたちはすでに量子を介してすぐさまアクセスできる知識として、機密性の高いデータを手に入れ、蓄積している。「あなたが量子安全プロトコルに変換しない日常では、復旧する見込みはありません」とギルは言う。また、ウクライナにおける戦争は警告の役割を果たした。軍事攻撃のための基本的な準備作業には不可欠な通信とインフラをロシアが攻撃目標にしたように、この戦争はサイバー攻撃で始まったという、歴史上初めての熱い戦争なのだ。公共サービス、エネルギー送電網、メディア、銀行、ビジネス、そして非営利組織などが電撃的なサイバー攻撃の標的となり、公共サービス、薬品、食料、救援物資などの配布に影響を与えた。現代の戦争や国家安全メカニズムは、意思決定のスピードと正確さにかかっている。「もしあなたのコンピュータが敵のコンピュータよりも速ければ勝利するのです。非常に単純です」とスパークは言う。「量子はそれほどの新たな飛躍なのです」しかし悪意は単に1つの災害にすぎない。米国は新たな冷戦の渦中にあり、とりわけ過去において、かつて米国国家安全保障局によってRSAの暗号が破られたことがあるので、中国とロシアが新NISTプロトコルを採択するかどうかは疑わしい。9月に国家安全保障局アドバイザーのジェイク・サリバンは、「量子テクノロジーは今後10年にわたって途轍もなく重要になるだろう」と言い、輸出規制は米国の優位を保つために使うことができる、と付け加えた。米国や中国の政府が及ぼす威力の範囲を超えたところでのポスト量子セキュリティ競争は、世界をばらばらのブロックに解体してしまう可能性があり、国際貿易にとっては由々しき意味を持つ。「今日、自由で開かれたインターネットとして我々が知っている事態がバルカン化（訳注：地政学的用語で、相対立する小さな国家、地域にモザイク的に分裂していく様）されることは明らかに起こりうるのです」とイングリスは言う。量子技術にまつわる不安は、単に安全上の危険から生じるのではない。我々が従来のコンピュータを信頼するのは、ある意味で紙と鉛筆を使ってその結果を検算できるからだ。ところが量子コンピュータは素人には全くわからない物理学に関係し、非常に複雑な問題を処理するので、今までのような検証は極めて難しい。今のところ、多くの量子コンピュータによる計算を従来のスーパーコンピュータでシミュレーションして、結果をチェックすることは可能だ。しかし、量子コンピュータをただ妄信するしかない時がすぐに訪れるだろう。「今直ちに、コンピュータ世界全体への信頼を構築することは非常に重要なのです」とアタレーは言う。たとえばボーイングは2020年から、次世代航空機のための新素材を設計しようとIBMの量子チームと協力して取り組んでいる。だが巨大企業の名声が傷つかないように、会社は慎重を期している。「我が社の航空機を設計するために使用するモデリング・ツールは、厳格に監視されています」とボーイング社の破壊的コンピューティングとネットワークで働く主任技術者ジェイ・ローウェルは言う。量子を演算コード化することには非常に大きな壁があるのです」その壁こそがIBMが骨身にしみて経験したものだ。しかし自社の量子コンピュータをオープンソースにすることによって、さらにはあらゆる分野から学術者や起業家を招き入れることによって、その逡巡を和らげることになればいいとIBMは考えている。ギルが言うように、「これは人類にとっては未開拓の世界なのです」（訂正：この記事の原文はフランスの量子関連企業の名前を誤記していました。Pascalではなく、正しくはPasqalです）（最後まで訳しています）（3月2日） Thousands of Buildings Collapsed in Turkey. 《トルコでは何千もの建物が倒壊した。災害は回避できた、と専門家たちは言う》 2023年年2月9日7:00 EST トルコは幾つかの岩盤が交わるところにあって、東アナトリアンと北アナトリアンという２つの主要な断層の真上に位置しているので、地震は生活する上での前提となる。月曜日に襲ったマグニチュード7.8と7.5の地震で、トルコとシリアにまたがって少なくとも２万人の死者と数千人の負傷者を出し、近年発生した一連の大地震の中でも他に類を見ないものだった。トルコ南東部全域で今のところ5600以上の建物が倒壊した、とトルコの災害対策局は言っている。「このような規模の地震は10年か20年おきに発生すると考えられています」とトルコのイズミール市に事務所を置く地震工学者クネイト・ツザンは言う。２つ目の地震が数時間後に起きました」しかし大地震は必ず発生するという国において、なぜあのような大規模な災害に繋がってしまったのか。つい昨年11月に、トルコの基盤は大地震に対応する能力はない、と土木工学者たちが警告を発していた。国中の古い建物は現在の建築法がいう耐震基準に合致していないし、専門家がタイム誌に話したところによると、新しい建築計画の多くはより高度な建築基準が求められるが、現場では守られていない場合がある。＜警告のサイン＞ 1999年のイズミール地震で17000人が死亡してから10年、トルコ政府は自然災害の発生に対処するために災害緊急事態対策局（AFAD：the Disaster and Emergency Management Authority）を創設した。トルコ政府は新たな建築基準の設定と現存の建築物の耐震強化計画を約束した。その計画には、都市部の数百か所を緊急避難場所に指定することも含まれていた。しかし何年か経つうちに、急速に進んだ都市開発によって、地震に備えた改良計画は反故にされ、避難場所に指定された空地は高層ビルに変わっていった、と2017年NPR報告は言う。マグニチュード5.9の地震を受けてトルコの技術者・建築家連盟（Union of Engineers and Architects）は、「地震発生に備えて何をなすべきかという観点からいえば、トルコ政府は不合格だ」という声明を2022年末に発表した。さらに連盟は、建設現場の監視を机上のチェックで済ます慣行がまだ続いているとして、地震に備えた建物の安全性を確保するためには、設計、施工、管理の過程が、適格で厳格な方法で実施されることが重要である、と書いている。このような安全な建築のための３本柱のそれぞれに、法律面と運用面の双方において深刻な問題があることがわかっている。＜手抜き工事　＞ミヤモト・インターナショナルの構造設計者であるH.キット・ミヤモト博士は、地震工学を使って当地の技術者を助け、人道支援を提供するためにトルコを訪れるつもりだ。1997年にトルコは地震対策として、建物の建築にはより柔軟性のある建築資材ダクタイルコンクリートを使わなければならないという法律を成立させたが、古い建物を解体するよりもそれを再使用して新基準に適応させようとする場合が多いので、トルコでは基準に合格する建物は10分の1にすぎないと言われている。その場合でも、技術者は補強工事を施して古い建物を強化することはできるし、耐震補強工事は新築よりもコストがかからない。しかし世界銀行と協力してトルコの学校を補強してきたミヤモトは、個人の建物に補強工事の実施を強制するのは難しいと言う。耐震補強は新築費用の平均10％から15％ですむ、とミヤモトは言う。「1つの建物を新築する費用で8つの建物の耐震強化ができます」と彼は言う。「しかし、たとえ耐震補強を施したとしても、その建物の市場における付加価値は生まないのです」建設産業は大きな儲けを生み出す、とツザンは説明する。だから政府は現場での緩い規制に目をつぶるのだ。トルコの東部地区と西部地区の経済格差がここにおいても現われている、とツザンは指摘する。2020年度OECD報告によれば、29の加盟国の中でトルコが最も地域格差が大きく、CEPRの調査によれば、地震が発生したトルコ東部では長期的に西部地区に比べて収入は低い。そうであるがゆえに、東部地区が不十分な基礎工事になりやすい。「トルコ西部に比べて建築の質が低いのです」とツザンは言う。パデュー大学土木工学部教授のアイハン・イルファノグルは、地震直後に撮られた被害写真は、高いビルがいわゆる「パンケーキクラッシュ」で倒壊する、あるいは一組のトランプカードがパタパタ倒れるように横倒しになったりする特徴を示しているという。所管の地方行政機関が規則を強力に指導しなかったり、現場の請負業者が自分が実施すべき複雑な規則を理解していなかったりすることが頻繁にある、とイルファノグルは言う。1999年の地震で多くの建設業者の家族が死亡したが、それは無知のせいだとイルファノグルは指摘する。「意図的に倒壊しやすく設計したビルに、自分の家族を入居させる人がいるでしょうか。そんなことをする人はいないと思います」＜今後の道＞今回のような悲劇の再発を防ぐには、法律遵守が基本となる。被災地が復旧するにつれて、この経験によって適切な建設の実施が重要だと町の人々は気付くかもしれない、とイルファノグルは言う。「どんな規模の地震や災害でも、１度経験すれば人はより注意深くなります」 1999年の地震を経験したヅーチェでは、市が規則を遵守する建築をするようになった、と彼はいう。2022年のマグニチュード5.9の地震を経験した時には、ヅーチェの被害は非常に少なかった。またイルファノグルは、地震発生に備えて掲げるべき建築戦略のお手本としてチリをあげる。「何が有効かを示す明白な実証があります」この規模の地震で建物の倒壊を防ぐために、特に地震が必ず起きるとされる地域において、なすべき基礎構造の変更を技術者は知っている、とツザンは付け加える。今、それを実行すべきなのだ。「自然は警告しています」とツザンは言う。「我々が適切な行動をとれば、今後の被害を少なくできるのです」第二記事 Quantum Computers Could Solve Countless Problems—And Create a Lot of New Ones 《量子コンピュータは無数の問題を解いてくれる。そしてさらに多くの新たな問題を生み出す》・・・① 世界で最も優れたコンピュータを創る秘密の一つは、おそらくあなたの洗面台の横にある。ニューヨーク州ウエストチェスター地区にあるIBMのトーマス・J.ワトソン・リサーチセンターでは、研究者は常に１箱のデンタルフロス（リーチが最適のブランドらしい）を、ドラム缶サイズの量子コンピュータをちょっといじる時のためにすぐ横に常備している。このコンピュータの最新型は、あなたのノートパソコンの何百万倍もの速度で仕事をこなす。モナリザの絵画と同じような防護ガラスに囲まれて鎮座するIBMのSystem Oneのキラキラ光るアルミ缶の中には、まるでロシア人形マトリョーシカのように胴体が少しずつ小さくなった3個のシリンダーが入っている。これら3個のシリンダーが全部一つにまとまって、円を描く銀色のワイヤーが金色の分厚い板を通って底部の量子チップまで垂れ下がっていくシャンデリアを取り囲んでいる。このチップが正確に働くためには、0.015ケルビン（ケルビンは-273.15℃を0°とする絶対温度）まで超冷却する必要がある――これは絶対温度0°よりも少し高く、成層圏外よりも低い温度だ。こんな極端な冷却では、ほとんどの物質は石化してもろくなりぽきんと折れる。しかし、気まぐれに動くワイヤーを安定させる必要があるとき、ごく普通のデンタルフロスが驚くほど上手くワイヤーの状態を正常に保つことがわかった。「ただしワックス不使用で、無臭のデンタルフロスに限ります」とIBMの量子部門副責任者ジェイ・ガンベッタは言う。「さもないとガスが発生してすべてダメになります」非常に幅広い汎用性を持つように設定されているテクノロジーの、不思議なほど素朴な一面だ。大量のデータを高速処理できる量子コンピュータの能力は、地球を横断する石油タンカーの何千ものルートを最適化したり、ICUのどの患者が最も緊急な治療を必要としているかの決定を助けたり、新素材をよりよく設計するための化学処理を原子レベルで模倣したりするのにすでに応用されている。最終的には、無人車やドローンタクシーの出現を可能にするアルゴリズムをより上手く訓練する能力を備えた人工知能にスーパーチャージすることも見込まれている。量子AIシミュレーションは「驚異的なレベルの効果と効率性」を示している、と米国サイバー局長クリス・イングリスはタイム誌に話した。量子をいち早く採用したのは資産運用会社で、量子計算を組み入れることによって諸経費の増加をほぼ押さえているのだが、商業利用も遅れをとっていない。スペイン籍のMultiverse Computingは、BASFやBoschのような多国籍企業のクライアントとパイロット・プロジェクトの運用に成功し、その量子アルゴリズムが外国為替取引の利潤を2倍にしたり、多くの生産ラインの欠陥をほぼ4倍も検知しているという。「量子の深層学習アルゴリズムは従来のものとまったく異なっています」とMultiverseのCEOエンリコ・リザソ・オルモスは言う。「人は量子深層学習アルゴリズムをより速く訓練でき、より多くの戦略を策定することができます。そして量子深層学習アルゴリズムは、多くのデータから重要な相関性を読み取ることにはるかに長けているのです」テクノロジー分野における優位を国家レベルで競い合っているのはもちろんのこと、テクノロジー大手企業であるGoogle、アマゾン、アリババなどもこの分野で覇権争いをしている。International Data Corp.の分析によると、世界の量子コンピュータ産業は2020年の4億1200百万ドルから2027年には86億ドルへと成長することが見込まれている。従来型コンピュータは、スイッチがオンやオフの状態でも1と0で表す2項演算で情報処理しているが、量子計算を機能させる量子ビットは、まるで空中で猛スピードでスピンする硬貨のように、1と0の両方の状態が一定の割合で共存しうる小さな原子核内部の分子だ。2数処理から多変数処理への飛躍は、累乗的にコンピュータの処理能力を増強した。現存する最も強力なスーパー・コンピュータでも数年かかる複雑な問題を、数秒で解けるようになるかもしれない。だから未来の量子コンピュータは、数学や科学の分野で新たな地平を限りなく切り拓くことができるだろうし、気候変動や食糧危機のような生存を左右する諸問題の解決を助けることになるだろう。最近の猛烈な進歩や政府の投資は、今や我々が量子革命の突端にいることを意味する。「来る5年間で、我々が過去30年かけて実現したものよりも、さらに多くの事を成し遂げると信じています」とガンベッタは言う。（3月2日は④'まで読みました）
Los Angeles Times	The New York Times	The Guadian	Japan Times	CNN News	BBC News

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